喫煙用具。喫煙の風習は江戸時代の初めからはじまったが,各自がタバコ入れを所持して一服つける風習はかなり後になってからのようで,喫煙者の増加につれて携帯用のこの袋物を発達させた。元禄時代(1688-1704)の絵画にはたばこ盆の絵は多いが,タバコ入れの絵はまだ少ない。このころのタバコ入れの材料としては,タバコのしけることをおそれて紙製のものが多く,奉書紙や油紙が用いられた。形は紙を二つ折りにした叺(かます)形,さらに三つ折りにした後世の袂(たもと)落し類が多い。袂落し形に根付(ねつけ)がつけられて一つ提(さげ)や胴乱形が考案され,さらに,きせる筒とタバコ入れを根じめで連結した腰差タバコ入れ(〈筒差〉とも呼ぶ)や,一つ提にきせる筒を付加した提タバコ入れもできた。用布はラシャ,織物,革類である。また庶民の間では〈火の用心〉といって,祭礼のときに子どもが腰に下げるような油紙製のタバコ入れも用いられた。このほか桐や桜材をえぐった〈とんこつタバコ入れ〉や革製のきんちゃく形なども用いられた。女持ちは男持ちより小型で紙や革製は少なく,大部分はラシャや織物製で,形は袂落しと鼻紙袋式のものが多い。明治以後,巻きタバコがつくられるようになっても,明治中期までは刻みタバコの全盛期で,タバコ入れもだいたい江戸時代の形式がそのまま用いられたが,袂落し形からさらに洋服持ちという新形が生まれた。巻きタバコ入れは初めはタバコに口付きや吸口がついていたため,印籠(いんろう)風のものが鯨のひげ,トウ(籐),竹を編んでつくられ,さらに明治末から大正期にかけては差込式や屛風(びようぶ)形が考案された。関東大震災後は両切りタバコの普及にともなって金属製のシガレット・ケースが現れ,従来のタバコ入れにかわった。農山村では袂落し,腰差式のものが,今でも刻みタバコとともに使用されているものの,減少の一途をたどっている。
執筆者:遠藤 武
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
刻みたばこを入れるための袋物。江戸時代初期のころは、刻んだたばこは白い奉書の紙に包むのが上品とされたが、屋外で働く人は手製の巾着(きんちゃく)に入れてきせるに結び、腰に提げた。また鉄砲の弾丸を入れた胴乱(どうらん)を改造して用いる人もあり、しだいに庶民の間に広がって上流階級にも及んだが、武士は印籠(いんろう)を提げるため懐中用を使っていた。たばこ入れの形には、(1)一つ提げ 巾着または胴乱を根付(ねつけ)で提げるもの、(2)腰差 巾着または胴乱にきせる筒をつけ、きせる筒で腰に差すもの、(3)提げ 胴乱にきせる筒もあるが根付で別に提げるもの、(4)懐中用 革製もあるが、おもに布製の二つ折りで、共裂(ともぎれ)のきせるを入れる袋がつき、婦人用が多い、(5)とんこつ 雨にぬれても中身のたばこが湿らないように木製と金属製があり、一つ提げと腰差形がある、(6)袂落(たもとおと)し 布または竹、籐(とう)で編んだ小さな袋2個を、鎖または紐(ひも)でつないで両方の袂へ肩から提げるが、一方の袋には懐中用の小形たばこ入れを、もう一方の袋には手拭(てぬぐい)などを入れる。たばこ入れはとかく置き忘れることが多いので、このようにさまざまな形があった。
胴乱には金唐革(きんからかわ)、印伝革(いんでんがわ)が使われたが、これらは当時輸入品で高価なため、裕福な人たちのたばこ入れになった。庶民の多くは、一見革製にみえるが和紙に桐油(とうゆ)を塗ったり、渋(しぶ)を拭(ふ)いて柿(かき)色に染め、革まがいにしわをつけたものを使っていた。江戸時代後期になると、国産の革製もできて、たばこ入れは身につける唯一のアクセサリーとなり、胴乱の蓋(ふた)に著名な彫金師のつくった留め金具を用いたり、きせる筒の材質にも凝るようになった。明治時代には胴乱、金具、緒締(おじめ)、筒の組合せに粋を凝らした工芸品もつくられたが、いまでは好事家(こうずか)の収集品になっているにすぎない。両切りたばこの出現とともに、金属製のシガレット・ケースにとってかわられている。
[田中冨吉]
…律令時代には,貴族官吏が官位に相当する衣服や帯をつけ,わずかにそれらを飾る程度にとどまる。以後,櫛や笄(こうがい),簪(かんざし),あるいは刀剣の拵(こしらえ)や印籠,さらにはタバコ入れなど,次章で見るように本来別の機能をもつ実用具に装飾を加えて身につけた。直接身につける装身具は,明治以降の新しいヨーロッパ文明の波及まで,日本では1000年以上にわたってほぼ欠如する時代が存続したのである。…
※「タバコ入れ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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