一般的には江戸時代の文学全般を指すが,狭義にはその地域的特性を考慮して,享保期(1716-36)を境とし,前半を上方(かみがた)文学,後半を江戸文学と呼ぶ。文字どおり江戸という都市を中心に栄えた文学の意である。享保改革による将軍吉宗の政策の一つに庶民教化が掲げられるが,狭義の江戸文学は,折からの文運東漸現象に即応し,吉宗の政策に呼応した公私の教導家の作品から出発した。したがって根幹は教訓であり,表現方法は俗耳に入りやすく平俗滑稽であることを旨とした。この教訓と滑稽の二本柱は以後の江戸時代を通じて変わらないが,しだいにその根幹が教訓から滑稽へ移行することを指摘できる。それが談義本から洒落本,滑稽本,黄表紙といった,いわゆる江戸戯作の流れである。一方同じく享保ころから生じたきわめて知的で文芸性に富む創作の一分野に,初め上方で出発した読本(よみほん)と称するものがある。中華趣味のまんえんによる中国俗語小説の日本化ともいうべきもので,上方では上田秋成などをその掉尾(とうび)とするが,その後これも江戸に移り,曲亭馬琴によって大成された。また読本の小説性と滑稽戯作の軽妙卑俗さとを兼ね合わせた試みが中本(ちゆうぼん)の世界で種々なされ,一つの型として定着したのが人情本であり,明治の写実小説へとつながる位置にある。以上はとくに俗文芸の立場での展望であるが,一方,江戸時代は漢詩文を中心とする伝統的雅文芸にリードされた時代でもある。漢詩文は江戸に荻生徂徠の登場以来,その風が爆発的に全国に広がり,それまでの上方優位の文運を急速に東に奪う口火を切った。和歌は全般に堂上派の優位は動かないが,賀茂真淵以来,万葉調の清新な歌風は,やはり江戸派が全国に先駆けたし,和歌の詠み捨てとして出発した狂歌も,天明期(1781-89)には大田南畝などを中心とする御家人グループが太平の春を謳歌して,〈目出度尽し〉の天明調狂歌(天明狂歌)が一世を風靡した。とくに地方性の強い俳諧の世界でも,享保以来,大名や富豪連の後援によって都会的に洗練された江戸風の俳諧が興り,やがて江戸座と称して軽妙な俳調をうちたてた。
→戯作
執筆者:中野 三敏
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