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猪熊弦一郎 いのくまげんいちろう

百科事典マイペディアの解説

猪熊弦一郎【いのくまげんいちろう】

洋画家。高松市生れ。1926年東京美術学校中退。1926年帝展に特選。1936年帝展改組に際し新制作協会を創立,1955年以後ニューヨークで創作,のち帰国。渡米以降抽象的表現に向かった。
→関連項目小磯良平田淵安一

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

猪熊弦一郎 いのくま-げんいちろう

1902-1993 大正-平成時代の洋画家。
明治35年12月14日生まれ。藤島武二にまなび大正15年帝展に初入選,のち特選。昭和11年小磯(こいそ)良平らと新制作派協会をおこす。13年フランスでマチスに師事。30年からニューヨークにすみ,抽象画に転じて海外を舞台に活躍した。平成5年5月17日死去。90歳。香川県出身。東京美術学校(現東京芸大)中退。本名は玄一郎。代表作に「Entrance-A」など。
【格言など】絵はたまに描いたんでは駄目なんです。毎日,から絞りだしていないといけない

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

猪熊弦一郎
いのくまげんいちろう
(1902―1993)

洋画家。香川県高松市に生まれる。1926年(大正15)東京美術学校を中退。帝展で二度特選ののち、36年(昭和11)同志と新制作派協会を結成して現在に至る。38~40年渡欧し、マチスの指導を受ける。51年(昭和26)慶応義塾大学学生ホールほかの壁画により毎日美術賞。同年第1回サンパウロ・ビエンナーレ展、翌年からカーネギー国際美術展(ピッツバーグ)にたびたび出品する。55年渡米してニューヨークに住み、抽象画に独自の領域を開いた。64年現代日本美術展で『エントランス』により国立近代美術館賞を受ける。日本とアメリカの両方で制作を続けていた。[小倉忠夫]

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世界大百科事典内の猪熊弦一郎の言及

【アメリカ美術】より

…一部のヨーロッパ系美術の影響を除けば,日本の戦後美術はアメリカの同時代美術の文脈をたどって形成されたもので,その傾向は今も続いている。戦後アメリカで活動した画家には岡田謙三(1902‐82),猪熊弦一郎(1902‐93),川端実(1911‐ ),新妻実(1930‐ ),篠原有司男(うしお)(1932‐ ),河原温(かわらおん)(1933‐ ),荒川修作(1936‐ )らがいる。【桑原 住雄】。…

※「猪熊弦一郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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