デジタル大辞泉
「率川神社」の意味・読み・例文・類語
いさがわ‐じんじゃ〔いさがは‐〕【率川神社】
奈良市本子守町にある神社。祭神は姫蹈韛五十鈴姫命(中殿)・玉櫛姫命(左殿)・大己貴荒魂命(右殿)。現在は大神神社の摂社。三枝の祭は有名。俗称、子守社・三枝明神。
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いさがわ‐じんじゃいさがは‥【率川神社】
- 奈良市本子守町にある神社。祭神は媛蹈韛五十鈴姫命(ひめたたらいすずひめのみこと)、玉櫛姫命(たまぐしひめのみこと)、狭井大神(さいのおおかみ)。大神(おおみわ)神社の摂社。中世以降、興福寺の支配が続き、明治元年(一八六八)神仏分離により春日社の摂社とされたが、同一二年大神神社境外摂社と定められた。例祭は六月一七日に行なわれ、三枝祭・ゆり祭と呼ばれる。三枝神社。春日三枝神社。子守社。
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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率川神社
いさがわじんじや
[現在地名]奈良市本子守町
三条通の南に鎮座。春日三枝神社・三枝神社・子守社ともよばれ、現奈良県桜井市の大神神社の摂社。祭神媛踏鞴五十鈴姫命・玉櫛姫命(勢夜陀多良比売・子守神)・狭井大神。「延喜式」神名帳の添上郡「率川坐大神神御子神社三座」にあたり、天平神護元年(七六五)八月一日、謀反の発覚した和気王が隠れていたという「率河社」とされる(続日本紀)。「古事記」神武天皇段によると姫踏鞴五十鈴姫命は三輪の大物主神と勢夜陀多良比売の間に生れたので大神御子と称するといわれ、のちに神武天皇妃となった。
〈大和・紀伊寺院神社大事典〉
〔創建〕
当社の由来について「大倭神社註進状」奥書に「大神氏家牒曰、小治田豊浦宮御宇天皇推古御世、建大神御子神姫踏鞴五十鈴姫命宮於春日率川邑本名狭井川邑大神君白堤奉斎之、大宝年中始行祭礼、今三枝祭是也、養老年中、左大臣藤史建子守御母三嶋溝
耳之女玉櫛姫、狭井神大己貴命荒魂大国魂命両神社奉斎焉」とみえ、「大三輪神三社鎮座次第」の別宮小社之事も「春日三枝神社、媛踏鞴五十鈴媛命也、小墾田宮御宇天皇御世、大三輪君白従承勅立社於春日邑率川坂岡両処、奉斎媛踏鞴五十鈴媛命、大物主命也、平城宮御宇天皇御世、益造両社之相殿為三座、又始行三枝祭、是大三輪氏長奉仕之」とするが、「年中行事秘抄」に「藤氏南家氏人口伝云、率川社者、故右大臣藤原是公所建立也、其後毎二季之祭日、有公家御幣使」とあって、藤原不比等の曾孫是公の建立となっている。しかしすでに養老令に当社祭礼「三枝祭」の記載があるので、是公の建立は再建の誤りとする説と(元要記)、率川阿波神社のこととする説がある(大倭神社註進状)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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率川(いさがわ)神社
奈良県奈良市にある神社。祭神はヒメタタライスズヒメノミコト・玉櫛姫命・大己貴荒魂命(おおなむちのあらたまのみこと)。子育ての神として知られ「子守明神」とも呼ばれる。三枝祭(別名「ゆりまつり」)が有名。
出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報
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世界大百科事典(旧版)内の率川神社の言及
【三枝祭】より
…三枝花は,その枝が三岐に分かれるところからの命名で,一説に百合花という。率川社(率川神社)は,奈良県桜井市に鎮座する大神(おおみわ)神社の摂社で,奈良市内にまつる。この祭は,平安末ごろには衰退したものと思われ,《公事根源》では,2月と11月の項に率川祭が記され,三枝祭との混同さえうかがえる。…
※「率川神社」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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