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玉楮象谷 たまかじぞうこく

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

玉楮象谷
たまかじぞうこく

[生]文化2(1805).高松
[没]明治2(1869).高松
幕末~明治初期の漆工。通称敬造。鞘塗師藤川理左衛門の子。父に従って漆塗りと彫刻を修得。存星堆朱 (ついしゅ) ,堆黒,紅花緑葉,蒟醤 (きんま。→キンマ ) ,籃胎 (らんたい) 漆器などを得意とし,独自の作品を作った。

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デジタル大辞泉の解説

たまかじ‐ぞうこく〔たまかぢザウコク〕【玉楮象谷】

[1807~1869]幕末・明治初期の漆工。讚岐(さぬき)国高松の人。本名、藤川為造。通称、正直・敬造。蒟醤(キンマ)や中国漆器の技術を独自に消化して象谷塗を創始。

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百科事典マイペディアの解説

玉楮象谷【たまかじぞうこく】

象谷塗

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

玉楮象谷 たまかじ-ぞうこく

1807-1869 江戸後期-明治時代の漆工。
文化4年10月4日生まれ。鞘塗師(さやぬし)の父より鞘塗りの技法をまなぶ。讃岐(さぬき)高松藩主松平頼恕(よりひろ)につかえ玉楮の姓をあたえられる。彫漆,蒟醤(きんま),存星(ぞんせい)などの技法を研究し,讃岐漆芸の礎をきずいた。明治2年2月1日死去。63歳。讃岐出身。本姓は藤川。名は為造。通称は敬造,正直。

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朝日日本歴史人物事典の解説

玉楮象谷

没年:明治2.2.1(1869.3.13)
生年:文化4.10.4(1807.11.3)
江戸後期の漆芸家。讃岐国(香川県)高松の鞘塗師藤川理右衛門の長男として生まれ,為造,正直,敬造などと称する。若年のころから父に鞘塗の技を学び,さらに彫漆,存星,蒟醤など中国,東南アジアの漆芸技法の研究に励み,30歳代の半ばで高松藩主松平家のお抱えとなった。作品の制作に当たるかたわら,玉楮蔵黒をはじめとする多くの弟子を育て,讃岐漆芸の礎を築いた。代表作は嘉永7(1854)年の銘がある「蒟醤料紙硯箱」「菊彫漆鞍」(いずれも松平公益会蔵)など。<参考文献>玉楮象谷百年祭運営委員会『玉楮象谷』

(小松大秀)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

たまかじぞうこく【玉楮象谷】

1807‐69(文化4‐明治2)
江戸末期の漆工家。高松に生まれる。本名は藤川為造,通称正直または敬造。象谷(蔵黒)は号。父の鞘塗師藤川理右衛門から漆塗りと彫刻の技を習得。のち中国の存星(ぞんせい),彫漆,紅花緑葉やタイの蒟醬(きんま)塗の技術を研究し,これを模した作をつくる。1830年(天保1)藩主松平頼恕(よりひろ)より製作を命ぜられて以来,松平家に仕え,玉楮の姓を授かった。藩を代表する漆芸品として,将軍や大名への進物に利用されるなど名声を博し,また象谷塗,讃岐彫とよばれたその作品は,今日の香川漆器の源流となった。

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大辞林 第三版の解説

たまかじぞうこく【玉楮象谷】

1807~1869) 漆工。讃岐さぬき高松の人。鞘さや塗師藤川理右衛門の子。中国漆器や蒟醬キンマ塗の技法をもとに独自の作風を創出、讃岐塗・象谷塗として知られる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

玉楮象谷
たまかじぞうこく
(1807―1869)

江戸末期から明治初期の漆工。高松の鞘塗師(さやぬし)藤川理左衛門の子で、名は為造(ためぞう)、通称は正直または敬造。象谷は号。父から漆塗と彫刻を修得し、のち中国の存星(ぞんせい)、堆朱(ついしゅ)、堆黒(ついこく)、紅花緑葉(こうかりょくよう)やタイの蒟醤(きんま)塗の技術を会得、独自の技法に消化した作風を開拓した。1830年(天保1)藩主松平頼恕(よりひろ)の庇護(ひご)を受けて玉楮姓を受け、その作品は高松藩を代表する名品として将軍や大名への贈り物になり、全国的な名声を博した。彼の作品は象谷塗、讃岐彫(さぬきぼり)とよばれて今日の高松漆器、香川漆器の源流となった。また網代素地(あじろきじ)の籃胎(らんたい)漆器に特色があり、その代表作に松平公益会の『蒟醤竜文料紙箱および硯(すずり)箱』がある。その技術は弟の藤川黒斎(こくさい)(文綺堂(ぶんきどう))、子の蔵黒(ぞうこく)理吉・藤樹らによって受け継がれた。[郷家忠臣]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内の玉楮象谷の言及

【香川[県]】より

…同じく明治以来の伝統をもつ大川町一帯のボタン工業と志度町の桐下駄製造は振るわない。高松市を中心とした讃岐漆器は幕末に玉楮象谷(たまかじぞうこく)によって創始され,高松藩の保護下に発展,その伝統を生かした高級品志向で着実な地歩をえ,1976年伝統的工芸品の国指定を受けた。象谷塗,きんま,後藤塗など特殊技法を駆使し,人間国宝を何人も生み出している。…

【存星】より

…日本では遅くとも16世紀初めには堆朱(ついしゆ)や鎗金の器とともに舶載されており,《君台観左右帳記》に〈存星〉の記載があり,沈金に似たものでまれである,と説明を加えている。日本で存星を模した作品がつくられるのは江戸時代で,玉楮象谷(たまかじぞうこく)が独自に工夫して象谷塗として広めた。【中里 寿克】。…

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