伝説上の美女。鳥羽法皇の寵姫(ちようき)玉藻前は,天竺(てんじく)と中国において,婬酒によって王を蕩(とろか)し,すこぶる残虐な所行や悪の限りをつくした果てに,日本に飛来した金毛九尾(きゆうび)の狐の化身であった。この妖狐は,陰陽師安倍泰成に正体を見破られ,那須野に逃げるが射殺され,その霊は石と化して近寄る人や鳥獣を殺す殺生石(せつしようせき)になったという。のちに玄翁(げんのう)和尚の法力で,妖狐の精魂は散滅させられた。石を砕くときに用いる大金づちを玄翁というのは,殺生石を砕いたという,この玄翁和尚の故事によるという。この九尾の妖狐の伝説は,日本の各地に残されたさまざまな伝説の中でも,舞台を天竺・中国・日本にひろげるスケールの大きなものである。中世においては,謡曲《殺生石》にしくまれ有名となった。この時期の物語や絵巻にもかっこうの題材となったが,金毛九尾の妖狐譚は,むしろ江戸期に入ってから大きく成長をみせた。高井蘭山の《絵本三国妖婦伝》(1804)や式亭三馬の《玉藻前三国伝記》(1809)をはじめとする多くの小説が書かれ,人形浄瑠璃においてもとりあげられたが,こうした状況を集大成したのが近松梅枝軒,佐川藤太による人形浄瑠璃《絵本増補玉藻前曦袂(あさひのたもと)》(1806)であった。また,歌舞伎劇において,玉藻前を発展させた作品として鶴屋南北の《玉藻前御園公服(くもいのはれぎぬ)》(1821)などがある。
執筆者:中山 幹雄
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(小松和彦)
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…そこへどこからともなく女(前ジテ)が現れて,石の付近は危険だと声を掛け,石の由来を語って聞かせる。むかし宮中に学芸優れた美女がいて,なにを尋ねても曇りなく答えたので,玉藻前(たまものまえ)と名付けられたという。ある夜秋風に灯火が消えたとき,玉藻前の体から光を発して宮中を照らしたが,それ以来帝は病となった。…
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