玉藻前(読み)たまものまえ

精選版 日本国語大辞典 「玉藻前」の意味・読み・例文・類語

たまも‐の‐まえ ‥まへ【玉藻前】

[一] 御伽草子「玉藻の草紙」、謡曲殺生石」などに見える美女の名。三国伝来の金毛九尾の狐の化身で、鳥羽天皇を悩ましたが、安倍泰親の法力で正体を現わし、下野国那須野に飛び去り殺生石となる。
[二] (一)の伝説を題材とした絵巻物・御伽草子・戯曲小説などの総称
[四] 歌舞伎所作事。長唄。文政二年(一八一九江戸中村座初演。二世桜田治助作詞。初世杵屋勝五郎作曲。中村芝翫(三世歌右衛門)の九変化舞踊「御名残押絵交張(おんなごりおしえのまぜばり)」の一つ。

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改訂新版 世界大百科事典 「玉藻前」の意味・わかりやすい解説

玉藻前 (たまものまえ)

伝説上の美女。鳥羽法皇の寵姫(ちようき)玉藻前は,天竺(てんじく)と中国において,婬酒によって王を蕩(とろか)し,すこぶる残虐な所行や悪の限りをつくした果てに,日本に飛来した金毛九尾(きゆうび)の狐の化身であった。この妖狐は,陰陽師安倍泰成に正体を見破られ,那須野に逃げるが射殺され,その霊は石と化して近寄る人や鳥獣を殺す殺生石(せつしようせき)になったという。のちに玄翁(げんのう)和尚の法力で,妖狐の精魂は散滅させられた。石を砕くときに用いる大金づちを玄翁というのは,殺生石を砕いたという,この玄翁和尚の故事によるという。この九尾の妖狐の伝説は,日本の各地に残されたさまざまな伝説の中でも,舞台を天竺・中国・日本にひろげるスケールの大きなものである。中世においては,謡曲《殺生石》にしくまれ有名となった。この時期の物語や絵巻にもかっこうの題材となったが,金毛九尾の妖狐譚は,むしろ江戸期に入ってから大きく成長をみせた。高井蘭山の《絵本三国妖婦伝》(1804)や式亭三馬の《玉藻前三国伝記》(1809)をはじめとする多くの小説が書かれ,人形浄瑠璃においてもとりあげられたが,こうした状況を集大成したのが近松梅枝軒,佐川藤太による人形浄瑠璃《絵本増補玉藻前曦袂(あさひのたもと)》(1806)であった。また,歌舞伎劇において,玉藻前を発展させた作品として鶴屋南北の《玉藻前御園公服(くもいのはれぎぬ)》(1821)などがある。
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朝日日本歴史人物事典 「玉藻前」の解説

玉藻前

平安後期に鳥羽上皇の寵愛を受けたとされる伝説上の美女。天竺や中国で王法や仏法を破壊したのち,日本に渡来した妖狐の化身で,体から妖光を発することから,玉藻前と呼ばれた。陰陽師の安倍泰成に正体を見破られ,那須野(栃木県)で武士の三浦介に射殺され,殺生石となる。この物語は,保元の乱(1156)から源頼朝の挙兵(1180)に至る戦乱の時代を背景にし,王権の危機とその回避というテーマを,妖狐の出現と武士による退治という形で説明している。狐=荼吉尼天(仏教系の神)が王権の存亡を左右する両義的な神であるという観念は,東寺や天台宗系の即位法にみられ,狐は如意宝珠を体に宿す霊獣であるとされている。謡曲の「殺生石」は,源翁和尚が玉藻前の怨霊を鎮める後日譚であるが,玉藻前の死体から玉を抜き取ったとされる三浦介は,子孫の代まで玉藻前に祟られたという別伝がある。悪霊憑きと悪霊祓いという儀礼的なコンテクストで語られた物語として,この物語の原型を再解釈することができる。<参考文献>美濃部重克「『玉藻前』考」(『伝承文学の視角』)

(小松和彦)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「玉藻前」の解説

玉藻前 たまものまえ

伝説上の美女。
平安時代後期の鳥羽(とば)法皇の寵姫(ちょうき)だが,その正体は金毛九尾のキツネ。天竺(てんじく)(インド)と中国で悪行をかさね,日本に飛来したといわれる。陰陽師(おんようじ)安倍泰成(やすなり)にみやぶられて射殺され,その霊は下野(しもつけ)(栃木県)那須野の殺生石となるが,源翁(げんのう)心昭に杖(つえ)で粉砕された。室町時代以降,謡曲,人形浄瑠璃(じょうるり),歌舞伎などの題材となった。

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百科事典マイペディア 「玉藻前」の意味・わかりやすい解説

玉藻前【たまものまえ】

伝説上の人物。鳥羽法皇(近衛(このえ)天皇とも)の寵姫(ちょうき)であったが,実は金毛九尾(きんもうきゅうび)のキツネであると陰陽(おんよう)師安倍泰成(やすなり)に見破られて那須野(なすの)に逃げたが射殺され,その霊は石と化し近寄る人や鳥獣を殺したという(殺生石(せっしょうせき))。この伝説は謡曲(ようきょく)《殺生石》,人形浄瑠璃《玉藻前曦袂(あさひのたもと)》等に扱われた。

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歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典 「玉藻前」の解説

玉藻前
〔長唄〕
たまものまえ

歌舞伎・浄瑠璃の外題。
演者
杵屋正次郎(2代)
初演
文政2.8(江戸・中村座)

玉藻前
(通称)
たまものまえ

歌舞伎・浄瑠璃の外題。
元の外題
玉藻前曦袂 など
初演
宝暦1.1(京・都座)

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世界大百科事典(旧版)内の玉藻前の言及

【殺生石】より

…そこへどこからともなく女(前ジテ)が現れて,石の付近は危険だと声を掛け,石の由来を語って聞かせる。むかし宮中に学芸優れた美女がいて,なにを尋ねても曇りなく答えたので,玉藻前(たまものまえ)と名付けられたという。ある夜秋風に灯火が消えたとき,玉藻前の体から光を発して宮中を照らしたが,それ以来帝は病となった。…

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