陽明学派(読み)ようめいがくは(英語表記)Yang-ming-xue-pai

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「陽明学派」の解説

陽明学派
ようめいがくは
Yang-ming-xue-pai

朱子学に対立して王陽明が唱道した儒学一派。この学派は,陽明死後右派左派の両派,あるいは現成 (左派) ,修証,帰寂 (右派) の3派に分裂した。現成派のおもな学者王龍渓,王心斎,何心隠,李卓吾,修証派のおもな学者は銭緒山,鄒東廓,欧陽南野,帰寂派のおもな学者は聶雙豹,羅洪先などである。この学派の系統は黄宗羲の『明儒学案』に詳説されている。日本では,江戸時代前期の中江藤樹をはじめとし,熊沢蕃山三輪執斎大塩平八郎らが陽明学派の儒者としてあげられるが,学派として連続していたというより,個々の学者が独自に陽明の書に接してこの道に入っている。朱子学を江戸幕府官学としたため,陽明学は異端として圧迫されたが,幕末志士のなかには,陽明学に関心をもつものが多かった。

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旺文社日本史事典 三訂版「陽明学派」の解説

陽明学派
ようめいがくは

江戸時代の儒学の一派。中国明代の王陽明によって創唱された学説を継承する
王陽明の学説は朱子学の理気説・主知主義を批判して知行合一,心の理と物の理を同一視し,先天的に心に内在する良知が実現されるとき正しい道徳行為が行われる(致良知)とするもの。江戸初期,中江藤樹が初めて信奉,わが国陽明学のとなった。ついで熊沢蕃山・淵岡山 (ふちこうざん) が出たが幕府の弾圧をうけ衰えた。後期〜幕末には佐藤一斎・大塩平八郎・佐久間象山・吉田松陰らが出,実践活動としての政治批判が行われた。

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精選版 日本国語大辞典「陽明学派」の解説

ようめいがく‐は ヤウメイガク‥【陽明学派】

〘名〙 陽明学を信奉した学派。知行合一に基づく実践実行を重視した。代表的人物は、中国では、王龍渓、王心斉、李卓吾ら、日本では、中江藤樹、熊沢蕃山、佐藤一斎、大塩平八郎、佐久間象山ら。陽明派。

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デジタル大辞泉「陽明学派」の解説

ようめいがく‐は〔ヤウメイガク‐〕【陽明学派】

江戸時代、朱子学派古学派に対抗して陽明学を信奉した学者の総称中江藤樹熊沢蕃山佐藤一斎大塩平八郎ら。

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世界大百科事典内の陽明学派の言及

【中江藤樹】より

…江戸初期の儒学者。日本における陽明学派の始祖とされる。名は原,字は惟命(これなが),通称は与右衛門。…

※「陽明学派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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