改訂新版 世界大百科事典 「現象主義」の意味・わかりやすい解説
現象主義 (げんしょうしゅぎ)
phenomenalism
われわれの認識の対象は知覚的現れ,すなわち〈現象〉の範囲に限られるとする哲学的立場。ヒュームにおいて一つの明確な哲学的主張となって現れ,現代の経験主義に受け継がれている。実在論が意識から超越した実在を認めるのに対し,現象主義は意識内在主義の立場を取り,世界および自我を〈知覚現象の束〉として説明する。現象には外的知覚による物的現象と内観による心的現象とが含まれる。現象主義は現象の背後に意識から独立の超越的実在をいっさい認めない立場と,このような実在(例えば〈物自体〉)を認めはするがそれは不可知であるとする立場とに分かれる。前者の経験主義的方向にはヒュームやマッハが属し,後者の観念論的方向を代表するのはカントである。方法論の上からは,一方に物理的事物を〈現実的かつ可能な感覚的経験〉に分析する古典的形態,すなわち〈事実的還元〉の立場があり,J.S.ミルが物質を〈永続的感覚可能性〉と定義したのはその一例である。他方その現代的形態は〈物理的事物に関する命題は感覚与件sense-dataに関する命題に分析可能である〉という主張に見られるごとく〈言語的還元〉の方向を目ざす。上の主張は〈物理的事物は感覚与件からの論理的構成物である〉と言い換えることができ,このテーゼを忠実に展開したのがカルナップの《世界の論理的構築》(1928)である。ほかにG.E.ムーア,B.A.W.ラッセル,エアーら分析哲学の流れに属する哲学者たちがこの〈言語的現象主義〉の立場を代表する。日本では大森荘蔵の〈立ち現れ一元論〉が現象主義の一つの到達点を示している。また,現象主義はマッハを経由して初期の論理実証主義に大きな影響を与えたが,〈プロトコル命題論争〉を通じてしだいに物理主義に取って代わられた。現在では現象主義には,感覚与件を唯一の直接的経験とみなすことの是非をはじめ,感覚与件の私秘性が独我論を帰結しかねないこと,物理的事物に関する命題が有限個の感覚与件命題には分析しつくせないことなどさまざまな難点が指摘され,その主張は後退を余儀なくされている。
→現象 →実在論
執筆者:野家 啓一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報