大森荘蔵(読み)オオモリショウゾウ

デジタル大辞泉 「大森荘蔵」の意味・読み・例文・類語

おおもり‐しょうぞう〔おほもりシヤウザウ〕【大森荘蔵】

[1921~1997]哲学者岡山の生まれ。東大教授。分析哲学から出発、物心二元論を批判して独自の哲学体系を築く。著作に「言語・知覚・世界」「物と心」「新視覚新論」「時は流れず」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「大森荘蔵」の意味・わかりやすい解説

大森荘蔵
おおもりしょうぞう
(1921―1997)

哲学者。岡山県生まれ。1944年(昭和19)東京帝国大学理学部物理学科卒業。海軍技術研究所三鷹実験所勤務を経て、1946年東京大学文学部哲学科入学、1949年卒業。1950~1951年アメリカ、オベリン大学留学を経て、1952年東京大学教養学部助手、1953年同講師、1966年同教授、1976~1977年同学部長。1982年定年退官し、同名誉教授、放送大学教授となる。1983~1985年放送大学副学長、1989年(平成1)同大学退職。

 大森は大学で物理学を専攻したのち哲学に転身し、アメリカ留学後の1953年、論理実証主義、分析哲学の紹介者として日本の哲学界に登場した。沢田允茂(さわだのぶしげ)(1916―2006)、吉田夏彦(1928― )らと「科学的哲学」の立場をとるグループを形成し、第二次世界大戦前から続く実存主義マルクス主義などと異なる哲学の新たな局面を開き、その成果は『科学時代の哲学』(1964)にまとめられた。

 1950年代から1960年代末にかけて大森は、バークリーヒュームウィットゲンシュタインの議論を基に考察を重ね、分析哲学、科学哲学の分野の論考を多数発表する。そのおもなものは『言語・知覚・世界』(1971)に収録されている。この時期の大森は、言語、知覚、世界を中心的な対象とし、現象主義、独我論的行動主義の立場から論じた。言語については、言語の意味を実体化する議論を退け、言語を機能としてとらえた。知覚については、「作用」「内容」「対象」という知覚の三極構造を批判した。知覚作用、知覚内容、知覚対象は区別されないという大森の議論は主観・客観図式批判のさきがけとして評価される。また、知覚風景と科学的描写の関係は、因果関係でも単なる並行関係でもなく、「重ね描き」であるとする独創的な論を提出した。これらの哲学はいずれも、世界と人間の関係をあるがままに見て取り、平坦に述べようとする行為であった。そのあるがままの見方、平坦な述べ方が、言語、知覚、世界についての従来の考え方に訂正を迫るものとなったのである。

 大森哲学の最大の節目となったのは、論文「ことだま論」(1973)だといわれる。大森はその哲学的営為の初めから、物と心の関係、知覚と自然科学的世界像の関係を、上述したようにありのままに見て取るという観点から論じているのだが、とくにこの「ことだま論」以降の1970年代、「立ち現われ」という鍵(かぎ)概念を軸に、物心二元論を批判して「立ち現われ一元論」を提唱することになる。それは、以前の現象主義的立場を徹底し、「心の中」にあると思われるものを、世界の側に返し、「立ち現われ」としてとらえる見方であった。この時期の論考は『物と心』(1976)、『流れとよどみ――哲学断章』(1981)、『新視覚新論』(1982)にまとめられた。

 「立ち現われ一元論」では、世界と心という二元論的対立は否定され、世界は心あるものとしてとらえられるが、その世界観の復権を、科学史的記述を踏まえて論じたのが『知識と学問の構造』(1983)である。

 1990年代に入って、大森は矢つぎばやに『時間と自我』(1992)、『時間と存在』(1994)、『時は流れず』(1996)という、いずれも時間論と他我問題を主題とした著作をあらわす。ここで大森は、「現在」が経験されるのは「知覚経験」を通してであるのと対比して「過去」が経験されるのは「想起経験」を通してであるととらえたうえで、カントのいう「物自体」と対比される、過去の実在としての「過去自体」についての「素朴実在論」を否定し、言語的制作物としての過去を描いている。また、他我の意味は私が経験する命題のネットワークから制作されると論じている。現象主義的立場を徹底することにより、現象の理解を、それを制作する行為の場面に定位しようとする境地に至ったといえる。

 「大森哲学」という名がつくられたように、大森は西洋哲学の翻訳にとどまらずに自前の思考を展開する希有(けう)な哲学者として、1970年代から1980年代にかけて、廣松渉(ひろまつわたる)とともに、日本の哲学界で最大の影響力をもつ存在となった。大森哲学を批判的に継承する哲学者として、野矢茂樹(1954― )、永井均(ながいひとし)(1951― )らがいる。1992年『時間と自我』により第5回和辻哲郎文化賞受賞。

[加藤茂生 2016年8月19日]

『『言語・知覚・世界』(1971・岩波書店)』『『物と心』(1976・東京大学出版会/ちくま学芸文庫)』『『流れとよどみ――哲学断章』(1981・産業図書)』『『新視覚新論』(1982・東京大学出版会)』『『知識と学問の構造――知の講築とその呪縛』(1983・旺文社)』『『時間と自我』(1992・青土社)』『『時間と存在』(1994・青土社)』『『哲学の饗宴――大森荘蔵座談集』(1994・理想社)』『『時は流れず』(1996・青土社)』『『大森荘蔵著作集』全10巻(1998、1999・岩波書店)』『「ことだま論」(大森荘蔵編『講座哲学2 世界と知識』所収・1973・東京大学出版会)』『野家啓一編『哲学の迷路――大森哲学 批判と応答』(1984・産業図書)』『黒崎宏著「大森荘蔵――『立ち現われ』の一元論」(『理想』1990年7月号所収・理想社)』

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大森荘蔵」の解説

大森荘蔵 おおもり-しょうぞう

1921-1997 昭和後期-平成時代の哲学者。
大正10年8月1日生まれ。物理学から哲学に転向。母校の東大で科学史,科学哲学をおしえ,昭和41年教授となる。のち放送大教授。分析哲学から出発し,独自の一元論的哲学体系をきずく。平成9年2月17日死去。75歳。岡山県出身。著作に「言語・知覚・世界」「新視覚新論」など。

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世界大百科事典(旧版)内の大森荘蔵の言及

【現象主義】より

…ほかにG.E.ムーア,B.A.W.ラッセル,エアーら分析哲学の流れに属する哲学者たちがこの〈言語的現象主義〉の立場を代表する。日本では大森荘蔵の〈立ち現れ一元論〉が現象主義の一つの到達点を示している。また,現象主義はマッハを経由して初期の論理実証主義に大きな影響を与えたが,〈プロトコル命題論争〉を通じてしだいに物理主義に取って代わられた。…

※「大森荘蔵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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