産前(妊娠中)に対する語で、出産後に母体が正常に戻り健康な女性としての生活をすっかり回復するまでの期間をいう。一般に、出産後2~3か月をさす。
分娩(ぶんべん)終了後の6~8週間を医学的に産褥(さんじょく)とよぶが、これは出産時に受けた創傷が完全に治癒し、子宮をはじめ腟(ちつ)や外陰部など、性器および周辺部の変化が妊娠前の状態に戻る(復古)までの期間に相当する。この期間には、個人差はもちろん、同一人でも出産ごとに異なる場合が多い。分娩が終了するころから産婦は前後不覚に眠り込んでしまうが、これは母体の肝臓や腎臓(じんぞう)などの機能が衰え、多量の出血で血液も少なくなり、栄養の蓄えも減少しているほか、老廃物がたまり、性ホルモンなども急激に減少してバランスを崩しており、体重減少もみられるなど、まったく疲労の極に達しているからである。したがって出産直後には、全身の休養と十分な栄養の摂取が最重要である。しかし、出産自体は病気ではなく、生理的現象であるから、日一日と回復が目だち、2~3日後には落ち着きを取り戻してくる。
一般に、授乳婦は母体の復古機能が速やかで、産褥期間が比較的短く、また授乳中は、多くは半年前後にわたり月経が閉止する。一方、授乳しない母体の場合は復古機能が緩慢で、産褥期が比較的長くなる。しかし、復古が終われば普通は月経がふたたび始まる。復古するといっても、完全に旧に復するわけではない。すなわち、子宮がすこし長くて大きいばかりでなく、子宮口に生じた裂傷は瘢痕(はんこん)を残して治癒するため横裂状を呈し、腟も広がり、粘膜のひだがずっと減少して腹壁もいくらかたるみ、赤褐色で紡錘状の妊娠線が瘢痕化して、青白色を帯びた光沢のある旧妊娠線に変わる。これは未産、経産の鑑別に役だつものである。
[新井正夫]
産褥中は毎日2回以上、体温と脈拍を測って記録し、38℃以上の熱が2日も続き、乳房も腫(は)れず、腎盂(じんう)炎もおこしていない場合は、いちおう産褥熱が考えられる。脈は出産後2昼夜くらいは徐脈で、平常よりも遅いが、発熱して脈も速ければ産褥熱など細菌の感染症の心配があり、脈だけが速い場合は貧血を警戒する必要がある。産褥中は、分娩による性器の無数にある損傷部から細菌が感染しやすいので、とくに注意しなければならない。
出産後3日間くらいは、子宮が収縮しているために腹部が固くて痛むこともある。痛みは経産婦に強く、授乳させると痛みが強まるが、これは産後の経過の順調さを示すものである。あまり痛みが強ければ、鎮痛剤や温湿布、あるいは坐薬(ざやく)などを用いることがある。会陰(えいん)切開や会陰裂傷などで縫合した場合は、やはり2~3日はその部分に会陰痛を覚えることがある。また、出産直後には自然排尿が困難な場合がよくあり、カテーテル導尿で少なくとも1日3~4回は排尿させる必要がある。一方、腹圧が低下して便秘しがちになるため、2~3日中は便がなければ緩下剤を服用するか、浣腸(かんちょう)を行う。痔(じ)のある場合もしばしば苦痛を伴うが、普通は2~3週間後には治まるものである。
腎盂炎がおこれば産褥熱と間違えられやすいが、熱の上下が激しいわりには苦痛が少なく、悪いほうの腎臓部分、すなわち腹部後面の背骨の右か左側の腰部を両手で圧迫すると痛むので、産褥熱とは区別される。膀胱(ぼうこう)炎の場合は熱がほとんどなく、排尿時に痛み、腎盂炎を併発することがある。いずれの場合も抗生物質など化学療法をすぐに行う。なお、妊娠中毒症がひどかった女性では、普通それが産後に持ち越される。タンパク尿が出たり、血圧が高いままで放置すると、慢性腎炎や動脈硬化症に移行し、生活に影響を残すことになるので徹底的に治癒させておく必要がある。ちなみに母子保健法では、妊娠中または出産後1年以内を妊産婦としているくらいであるから、この間はいずれにしても無理を避けるのが望ましい。
[新井正夫]
授乳など母親としての生活が始まるわけで、それに気をとられて母体の保健を忘れがちになる傾向が目だってくる。新生児または乳児の扱い方など、育児に早く慣れることも必要であるが、ここでは母体中心に述べる。
まず床上(とこあ)げであるが、個人差もかなりみられるが標準的にいえば、出産後1週間は寝床の生活、2週目からはほとんど寝床を離れ、3週目には床をかたづける程度と思えばよい。かつては産後数日間はじっと寝たっきりの生活をしたが、最近はむしろ早めに起き出し、歩いたりしたほうが、子宮の回復も早く結果がよいとされ、しだいに早期離床の傾向になっている。さらに積極的な産褥体操の施行も勧められている。しかし、これは一律に行わせているわけではなく、母体の疲労度、出血や発熱の状態などを考慮して医師または助産師の指導のもとに施行される。主として呼吸運動と腹筋、骨盤底筋、下肢筋の運動を組み合わせたもので、通常、出産翌日から軽度の体操を開始し、日ごとに漸次増強していく。
食事は、体力回復のためにも栄養を十分にとる必要があるので、体調に異常がない限り出産翌日から普通食にする。産後は授乳をはじめ育児に伴う労働量が増加するので、一般女性の約1倍半のカロリーが要求される。産後に多くみられる肥満を防ぐためにも、量より質といった栄養のとり方をする。また産後の肌あれ、しみ、抜け毛などの予防には、野菜、果実、海藻類などビタミンや無機質の補給にも心がける。乳の出をよくするというシチュー、チャウダー、ポタージュ、鯉(こい)こく、うどん、雑煮などは、いずれも炭水化物(糖質)が中心で、量のわりにはカロリーが高い。したがって、食事も糖質に偏しやすくなりがちであり、できるだけ牛乳を多く飲み、チーズやハムのサンドイッチに果汁や野菜スープを組み合わせるなど、間食として栄養のバランスをとる方法も考える。
入浴は3週間後、悪露(おろ)がなくなり、おりものが少なくなってから、とされているが、事後に局部を清潔に手当てしてもらえる病院なら、軽くシャワーを浴びることもよい。最近では出産翌日からシャワーを浴びることを勧める施設が多くなった。
性生活は、正常出産で産後の体調もよい場合は、出産後6週間くらいから始めてもよい。卵巣機能が十分に回復していないうちは、腟壁の粘膜も弱くて傷つきやすいので、産後の最初の性交では強い出血をみる場合もあるため、避妊を兼ねてゼリーやクリームを使うのが望ましい。授乳している間、月経が再開するまでは妊娠しない、というのは誤りで、排卵は月経に先だっておこるわけであり、妊娠の可能性は月経再開の2週間近く前からあることを忘れてはならない。産後の回復が早ければ、月経再開もそれに伴って早くなる。最近は、出産後3か月以内に月経の再開する女性が50~60%、6か月以内では80%も月経が再開する。なかには2か月以内に再開することさえ珍しくないので、1回目の性交から避妊の注意は必要である。なお、基礎体温をとり続けていると、排卵の開始が確認できる。月経が順調になるまでは荻野(おぎの)式受胎調節は不適当である。
[新井正夫]
『吉村典子編『出産前後の環境――からだ・文化・近代医療』(1999・昭和堂)』▽『マースデン・ワーグナー著、井上裕美・河合蘭監訳『WHO勧告にみる望ましい周産期ケアとその根拠』(2002・メディカ出版)』▽『谷口初美・吉田敬子著『だから必要な産後のメンタルヘルス・ケア――アセスメントから看護ケアプランそして保健指導まで』(2002・はる書房)』
各食品の1日の目安量は次のとおりです。たまご1個(50g)、緑黄色野菜120g、淡色野菜230g、牛乳・乳製品600ml、穀物としてパン1枚+麺類(干しうどん)100g+ご飯(茶わん)2杯、くだもの200g(1個)、豆・ダイズ製品80g、魚・肉(合わせて)130g、肉100g、砂糖は調理用のみで塩は10g以内、油脂20g(大さじ1.5~2杯が目安)、水分1~2リットル、イモ類100g。
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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