井原西鶴作の浮世草子。8巻8冊。40話。1687年(貞享4)刊。改編改題本に《古今武士形気》がある。本書成立の背景には,かつては僧侶や一部の公家の間の習俗であったが,中世,わけて戦乱が日常化した戦国時代以来武家社会の生活にも瀰漫(びまん)した男色(男子間の同性愛,とくに年長者が年少者を愛する稚児愛,若衆愛をさす)の風潮,さらに江戸時代に入ると一般庶民の間にもその風は広まり続けた日本独自の男色史の経緯がある。風教上害ありとして,いわゆる〈若衆歌舞伎〉は禁止されたが,その後も少年俳優への同性による性愛沙汰はやまず,かさねて種々の業態による若衆の売色の盛行,さらには,それが金銭によらないしろうとの間に及んでいったことを考えあわせるべきだろう。それら濃厚化の一途をたどる当時の時代様相,《好色一代男》を皮切りにひととおりは女色の世界の種々相を描きおおせた時代の寵児,好色本作家西鶴にとって,いまだ本格的主題として正面から取りくんだことのない男色の世界を描きたいという作家的必然としての内的欲求が想定される。本書は,巻一の巻頭章で男色物仮名草子の大課題であった男色女色の優劣を論じ,〈女を捨て,男にかたむくべし〉と結び,以下前半4巻は,兄分も弟分も情けを知り,意気地に生き,義理に死ぬ武士社会の酷愛ともいうべき衆道を,また後半4巻は,実際生活において演劇界と深い関係をもっていた西鶴でなければ描けない歌舞伎役者の金銭を超えた衆道を上方を中心にして描いたものである。本書は浮世草子としての男色物の濫觴(らんしよう)とうたわれ,《好色江戸紫》《好色俗むらさき》《男色比翼鳥》など多くの後続作品を生み,その男色文学という狭い境界をこえて,近世文学史に占める地位は高い。
執筆者:松田 修
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
井原西鶴(さいかく)の浮世草子。1687年(貞享4)1月、大坂・深江屋太郎兵衛、京都・山崎屋市兵衛より刊行。八巻10冊。巻一から巻四までの前半部分は、武家社会の衆道(しゅどう)の世界に取材したものが多く、衆道の義理に殉ずる人間たちの数奇な運命が語られている。巻五以降は、当時流行の歌舞伎(かぶき)社会に取材し、いかにも演劇通であった西鶴らしく、興味ある歌舞伎話を提供している。浮世草子の題材を幅広く展開させ、壮烈な男たちの物語と艶冶(えんや)な歌舞伎社会の裏面とを組み合わせて、得意の情報網を駆使しながら縦横に描き上げようとした作品である。
[浅野 晃]
『暉峻康隆他校注・訳『日本古典文学全集39 井原西鶴集 二』(1973・小学館)』▽『麻生磯次・冨士昭雄訳注『対訳西鶴全集6 男色大鑑』(1979・明治書院)』
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…また文学そのものとはいえないが,田楽,能楽等の伝統を受けついで少年俳優を売物にすることによって男色を広める一翼を担った歌舞伎の世界では,遊女評判記に倣って《野郎虫》《剝野老(むきところ)》《赤烏帽子》などの野郎評判記が刊行され,のちには《三の朝》なる男色細見というべきものまで発行された。1687年(貞享4)に刊行された西鶴の《男色大鑑》は,前半4巻には武士僧侶間に盛行した念友関係,その緊張感から生まれる意気地,義理の葛藤,その涯(はて)は敵討や決闘に至るという血なまぐさい男色譚を収め,さらに,金銭を媒介とするという意味で職業的な少年俳優との同性愛譚を集めた後半4巻で成り立っている。浮世草子男色物の決定版といわれる。…
※「男色大鑑」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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