産業・組織心理学(読み)さんぎょう・そしきしんりがく(英語表記)industrial and organizational psychology

最新 心理学事典 「産業・組織心理学」の解説

さんぎょう・そしきしんりがく
産業・組織心理学
industrial and organizational psychology

産業心理学組織心理学。I/O psychologyとも称される。産業活動に関与する企業,官庁,学校,政党などの組織と,それに関与する人間の関係に心理学の諸原理を応用し,組織の構造や仕事の特性,人間関係,組織を取り巻く物理的および社会的環境が,個人にどのような影響を及ぼすかを解明する,心理学の応用的研究領域である。その対象は,人事,組織行動,作業行動,消費者行動など,組織内にとどまらず広く社会生活や経済生活にも及び,医学,工学生理学経営学経済学社会学など学際的な分野とのかかわりも深い。また,社会心理学や臨床心理学,経営心理学などの心理学諸領域とも密接なかかわりをもつ。産業心理学は従業員の適切な管理と組織効率の向上を,組織心理学は人と組織の相互作用の解明をめざす心理学である。歴史的には前者の方が古いが,両者は緊密に結びついており分かつことは難しい。

【歴史】 1.産業心理学industrial psychology 20世紀初頭,ミュンスターベルクMünsterberg,H.は,経済生活上の諸問題に心理学の原理を応用し解決をめざした。彼は自らの研究を産業精神技術学Industriale Psychotechnikとよび,1912年には『心理学と経済生活Psychologie und Wirtschaftsleben』を著わした。彼の研究の視点は,⑴仕事に最適な人材の選抜The best possible man,⑵最良の仕事方法の考究The best possible work,⑶最大の効果発揮The best possible effectの三つに大別される。これらに含まれる問題の多くは,人事心理学人間工学,消費者行動心理学といった,その後の産業心理学の主要な領域に発展していった。これをもってミュンスターベルクは産業心理学の始祖とされる。

 1914年に勃発した第1次世界大戦では,大量の兵器や兵士が戦場に送られたが,それに伴い,兵士の選抜や適性配置,工場での能率的な増産体制や事故対策が求められ,心理学が応用される場も広がった。テイラーTaylor,F.W.が提唱し当時アメリカ産業界で流行していた科学的管理法scientific managementは,こうした需要に応える実践的な支柱となった。しかし,当時の実験心理学の影響下にあったミュンスターベルクやテイラーの視点は,物理的あるいは経済的刺激と能率との関係を機械的に探ろうとするものであり,働く人びとのもつ意欲や感情といった意識的側面への省察を欠くものであった。1927年から8年間にわたって行なわれたホーソン実験Hawthorne experimentは,職場集団における人びとの感情や人間関係が生産性にも大きく影響することを明らかにし,産業場面における社会心理学的視点の重要性が認識されるに至った。

 1939年から6年にわたった第2次世界大戦でも,兵員の選抜から生産工場の監督者訓練に至るまで多くの心理学者が動員された。また,兵器や機械の大幅な性能向上とそれを操作する人間側の能力との融合を図る必要性から人間工学が生まれるなど,心理学の応用がさらに進んだ。ここに至って,アメリカ心理学会(APA)は,1944年に第14部門として産業およびビジネス心理学industrial and business psychology部門を設立し,1962年にはその名称を産業心理学と改称した。

2.組織心理学organizational psychology 戦後の目覚ましい技術革新は急速な工業化社会を招来したが,機械の導入による作業の自動化や組織の巨大化は,単調感や人間疎外感を引き起こすことにもなった。こうした問題の解決を図るため,合理的・機械論的人間観を離れ,人びとのもつ感情や社会的な欲求をも考慮し,組織の中で人びとが互いにどのようにかかわり合い,組織と折り合いをつけていくのかという,人と組織の相互作用への関心が高まった。ここには,ホーソン実験が示した社会心理学的視点の影響もある。こうした接近法は,従来の産業心理学では十分に展開されてこなかったものであり,組織心理学とよばれるようになった。仕事動機づけリーダーシップ,組織内コミュニケーション,組織開発,組織変革など,組織行動organizational behaviorに関する多くの研究テーマが生まれた。

3.産業・組織心理学 産業心理学と組織心理学は分離・独立した領域ではない。たとえば従業員の選抜や配置は,仕事能率や業績の問題であると同時に,従業員個人の動機づけや仕事満足感にもかかわる問題でもある。このように,産業心理学と組織心理学が扱うテーマは融合的であり,厳密に区別することには意味がない。APA第14部門の名称も,1970年には産業・組織心理学に変更され,以来この名称が公式に用いられるようになっている。

【対象領域】 わが国への産業心理学の紹介は早くから進み,1910年代には,テイラーやミュンスターベルクの著作が邦訳出版されている。1921年に倉敷労働科学研究所が発足したが,現在も公益財団法人労働科学研究所として心理学の応用分野における研究の一翼を担っている。近年の情報通信技術の急速な発達は,社会のグローバル化を一気に推し進め,組織に多くの変化をもたらしたが,人と組織をめぐってもさまざまな問題が生まれ,そうした問題の解決に向けて産業・組織心理学への期待も高まってきている。1985年には産業・組織心理学会Japanese Association of Industrial and Organization Psychology(JAIOP)が発足し,人事,組織行動,作業,消費者行動の4部門に分かれて活動を展開している。

 人事領域では,採用から退職までのプロセスの中で生じる問題に焦点が当てられる。職業適性,人的資源管理,キャリア開発,人事評価,目標管理などの問題や,近年では雇用の多様化や働く女性をめぐる問題,メンタルヘルス管理の問題なども重要なテーマとなっている。組織行動領域では,パーソナリティ,感情,動機づけなど個人に焦点を当てた研究,集団行動,コミュニケーション,リーダーシップなど集団に焦点を当てた研究,組織の風土や文化,組織構造,職務設計,組織グローバル化など組織に焦点を当てた研究がなされている。作業領域では,テイラー以来の伝統である作業改善や作業能率を問題とする,いわゆる能率心理学efficiency psychologyが大きな柱となっているが,近年は,災害や過労死の防止,作業環境・職場環境の改善,安全人間工学の視点からの研究なども,幅広く行なわれている。消費者行動は第2次大戦後の消費の拡大の中で急速に関心が高まった対象領域である。消費者行動のプロセスには,さまざまな欲求や期待,心理的充足感などがかかわってくるため,製品の知覚から消費者の態度構造など,扱うテーマは広い。生理的指標を用いての消費者行動の測定をはじめ,知覚,学習,認知,パーソナリティ,社会といった心理学諸分野とも広く関連する。マーケティング・リサーチの諸技法や広告効果に関する研究も含まれる。それぞれの領域で,たとえば医学や生理学,工学,経営学,社会学,経済学など,学際的な分野との協力が進んでいる。 →科学的管理法 →消費者行動 →人事心理学 →人間工学 →ホーソン実験
〔角山 剛〕

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