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町奴 まちやっこ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

町奴
まちやっこ

男伊達 (おとこだて) ともいう。江戸時代初期,旗本奴に対抗し,江戸市中に出現した町人身分の遊侠の徒。華美な服装で,従党を組み,旗本奴水野十郎左衛門と対立抗争した幡随院長兵衛は特に有名。

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デジタル大辞泉の解説

まち‐やっこ【町奴】

江戸初期、旗本奴に対抗して、はでな服装で江戸市中を横行した町人出身の侠客。男伊達(おとこだて)。→旗本奴

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百科事典マイペディアの解説

町奴【まちやっこ】

江戸前期,三都(江戸・大坂・京都)などの都市で異装をし,盟約を結んで徒党を組み,無頼の生活を送った者をいう。旗本奴とともに男伊達(だて),かぶき者,六法者などと称され勢を張った。
→関連項目かぶき丹前風

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世界大百科事典 第2版の解説

まちやっこ【町奴】

江戸前期,都市住民で異装をし盟約を結んで徒党を組み,無頼の生活を送った者をいう。旗本奴と合わせて〈かぶき者〉などといわれた。近世に入り京都,大坂,ついで江戸など都市が繁栄すると,そこにかぶき者が横行し,彼らは社会の秩序を乱す者として取締りの対象となった。1609年(慶長14)には京都で荆組,皮袴組の者が逮捕されその頭株は処刑された。48年(慶安1)には異装をし長刀を差すことが禁止され,以降たびたび同趣旨の触が出されている。

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大辞林 第三版の解説

まちやっこ【町奴】

江戸初期、華美な服装をし、徒党を組んで市中を横行した町人身分の遊俠の徒。旗本奴に対抗して起こった。男伊達おとこだて。 → 旗本奴

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

町奴
まちやっこ

男伊達(おとこだて)、かぶき者ともいう。江戸初期、江戸市中を横行した遊侠(ゆうきょう)無頼の徒。大坂落城後、元和偃武(げんなえんぶ)の時代となり、幕府の政策に不平を抱き反抗して出現した旗本奴が、偏狭な異装で市中を闊歩(かっぽ)し横暴なふるまいをした。とくに17世紀中ごろ、旗本奴が多くの組をつくり、水野十郎左衛門を首領として庶民に乱暴狼藉(ろうぜき)を行ったことは有名。これらの暴虐行為に対抗するため町人の味方として発生し、庶民擁護のため活躍したのが町奴である。「弱きを扶(たす)け強きを挫(くじ)く」の標語に従い、仁侠(にんきょう)のために働いた。始祖は幡随院長兵衛(ばんずいいんちょうべえ)で、旗本奴の首領水野と激しく対立抗争した。これが侠客の初めとされる。
 大勢の人夫を抱えていて、武家への人入れ業を行ったが、そのためには統率できる器量が必要で、義理人情に厚く、約束を重んじ節操を尊び、頼まれれば命を捨てても顧みざる気概をもつことを誇りとした。そのほかに町家の用心棒、喧嘩(けんか)の仲裁などの役割も果たした。しかし多くは定職がなく、博奕(ばくち)と喧嘩を事として、遊里や芝居町を徘徊(はいかい)する無頼の一面をもっていた。旗本奴の風俗をまねて、はでに抜きあげた額(ひたい)や、紅絹裏(もみうら)の裾(すそ)のはねる着物、六方詞(ことば)という独特のことばを使い、良民を苦しめることもあるので、庶民から敬遠されたりもした。これらの弊害のため、幕府も本腰を入れて江戸市中の治安を整えるべく、1654年(承応3)からたびたび町奴の掃討に乗り出し、1686年(貞享3)の大検挙により町奴の姿は消えた。[稲垣史生]

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世界大百科事典内の町奴の言及

【博徒】より

…彼らは〈かぶき者〉と呼ばれたように異様な風体で,庶民には迷惑な存在だった。旗本奴に対抗し町奴(まちやつこ)も賭博を日常とした者が多かった。治安対策上,彼らは1657年(明暦3)から86年(貞享3)にかけて弾圧され,ほぼ消滅してしまった。…

【幡随院長兵衛】より

…江戸前期,江戸で名のあった町奴(まちやつこ)。〈町六法ノ頭取イタシ候者〉(《承寛襍録》)と表現しているものもある。…

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