畏・恐・賢(読み)かしこい

精選版 日本国語大辞典 「畏・恐・賢」の意味・読み・例文・類語

かしこ・い【畏・恐・賢】

〘形口〙 かしこ・し 〘形ク〙
① おそるべき霊力、威力のあるさま。また、それに対して脅威を感ずる気持を表わす。おそるべきだ。おそろしい。
書紀(720)仁徳二二年正月・歌謡「さ夜床を 並べむ君は 介辞古耆(カシコキ)ろかも」
万葉(8C後)一九・四二三五「天雲をほろに踏みあだし鳴る神も今日にまさりて可之古家(カシコケ)めやも」
② 尊い者、権威のある者に対して、おそれ敬う気持を表わす。おそれ多い。もったいない。
(イ) 畏敬(いけい)する者、またはその言動に対して用いる。その言動を受ける者の感謝の心がこめられる場合もある。→かしこくも
古事記(712)上「恐之(かしこし)。此の国は、天つ神の御子に立奉らむ」
源氏(1001‐14頃)桐壺「かくかしこきおほせごとを光にてなん」
(ロ) 畏敬する者にかかわる言動をする場合に用いる。自身の行動に対する「申しわけない」気持のこめられる場合もある。
※古事記(712)下「過(あやま)ち作りしは甚畏(かしこし)
※万葉(8C後)六・九二〇「天地の 神をそ祈る 恐(かしこく)あれども」
(ハ) 畏敬の意味が軽くなって、「かしこけれど」の形で「恐縮ですが」の意の挨拶語として用いる。
※源氏(1001‐14頃)花宴「かしこけれど、この御前にこそはかげにもかくさせ給はめ」
③ 他からあがめ敬われる程にすぐれているさま。また、それに対する尊敬、賛美の気持を表わす。
(イ) 国柄、血筋、身分、人柄などがすぐれている。尊い。徳が高い。尊敬すべきだ。
※書紀(720)応神三年是歳(北野本訓)「貴(カシコキ)国の天皇(すめらみこと)に失礼(ゐやなし)
※源氏(1001‐14頃)若菜上「かしこき筋ときこゆれど」
(ロ) 才能、知能、思慮分別などの点ですぐれている。
※書紀(720)天武元年六月(北野本訓)「左右大臣、及び、智謀(カシコキ)群臣共に議を定む」
※源氏(1001‐14頃)桐壺「弁もいと才(ざえ)かしこき博士にて」
(ハ) 物の品質、性能などがすぐれている。すばらしい。
※竹取(9C末‐10C初)「かしこき玉の枝をつくらせ給ひて」
大和(947‐957頃)一五二「御鷹、よになくかしこかりければ」
④ 人または事柄が尊重すべく、重要、重大であるさま。また、それを大切にし、慎重に思う気持を表わす。
※枕(10C終)八七「こもり、いとかしこうまもりて、わらはべも寄せ侍らず」
物事が望ましい状態であるさま。また、それを賛美し、よろこぶ気持を表わす。結構だ。好都合だ。よい具合だ。
落窪(10C後)二「かしこくも取りつるかな。我はさひはひありかし。思ふやうなる婿ども取るかな」
⑥ 自身に好都合なように計らうことの巧みなさま。抜け目がない。巧妙だ。
※源氏(1001‐14頃)蜻蛉「人にはただ御病の重きさまをのみ見せて、かくすぞろなるいやめの気色しらせじとかしこくもてかくすと思しけれど」
程度のはなはだしいさま。「かしこく」の形で副詞的に用いる。はなはだしく。
※竹取(9C末‐10C初)「男はうけきらはず呼びほとへて、いとかしこく遊ぶ」
※土左(935頃)承平五年一月二七日「かぜふき、なみあらければ、ふねいださず。これかれ、かしこくなげく」
[語誌](1)アニミズム精霊崇拝)に基づき、精霊の威力を畏怖する気持に由来したといわれる。畏怖から畏敬へ、さらに神などの畏敬すべき能力を表わすようになり、平安時代には資質や能力がすぐれていることをいうようにもなった。
(2)「かたじけなし」が時代とともに敬意の程度をあまり下げることがなかったのに対して、「かしこし」は敬意の程度を人智を超えるものから一般的なものへと下げていったといえる。
(3)語幹「かしこ」は手紙の末尾(後には女性の)に用いられる語として固定し、感動詞「あな」がついた「あなかしこ」は、禁止を表わす表現を伴って、陳述副詞の機能を持つようになる。→あなかしこ③。
かしこ‐が・る
〘自ラ四〙
かしこ‐げ
〘形動〙
かしこ‐さ
〘名〙

かしこ【畏・恐・賢】

(形容詞「かしこい」の語幹)
① おそろしいこと。おそれ多いこと。もったいないこと。おそれつつしむべきこと。「あなかしこ」の形で用いられることが多い。
※虎明本狂言・文山立(室町末‐近世初)「さるにても、かしこ、あやまちしつらふ」
② すぐれていること。すばらしいこと。
※源氏(1001‐14頃)葵「めづらしきさまに、かきまぜ給へり。かしこの御てやと」
③ 「おそれ多く存じます」の意で、手紙の結びに用いて相手に敬意を表わす語。男女ともに用いたが、後世は女性が用いる。あらあらかしこ。めでたくかしく。かしく。
※実隆公記‐明応五年(1496)正月一六日紙背(姉小路基綱書状)「悉皆狼藉之躰可御免候由申させたまへ、かしこ」
④ 才能、思慮、分別などがすぐれていること。賢明であること。りこうであること。
※紫式部日記(1010頃か)消息文「われかしこに思ひたる人」
[語誌]③の用法は、「あな」が上接した「あなかしこ」の形で既に平安時代中期から見られる。中世になると、「かしこ」単独でも用いられ、「かしこ」から転じた「かしく」も見られるようになる。

かしこ・し【畏・恐・賢】

〘形ク〙 ⇒かしこい(畏)

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

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