①には、( イ )正字の構成部分のうち、特徴的な部分をとった「声」(聲)、「独」(獨)、「畳」(疊)、「点」(點)など、( ロ )正字の構成部分を別源の簡易な字形に置き換えた「払」(拂)、「釈」(釋)、「鉄」(鐵)、「浜」(濱)など、( ハ )正字の草書字形を楷書風の点画構成にした「尽」(盡)、「児」(兒)、「為」(爲)など、( ニ )正字の一部点画を省減し、運筆上書きやすい形にした「徳」(德)、「黒」(黑)、「倹」(儉)、「者」(者)などがある。また、「礼」(禮)、「万」(萬)、「虫」(蟲)などのように、本来正字であったものが、意味に共通することや類似する点が多いことなどから、①に含められている例もある。
字画が複雑な漢字について,その点・画を省略した文字。また,ある字に代用される字画の簡単な文字。中国の場合〈略字〉ということばは使わないが,事がら自体は古くから存在する。というよりも,漢字発展の歴史そのものが,概していえば略字化,簡略化への道すじであったといってさしつかえない。今の〈簡体字〉はその道すじの中の一つの段階であるにすぎない。〈今の〉簡体字は,いわば国定という特定の略字のセットだが,簡体字をそういう〈固有名〉に限らないとすれば,簡体字すなわち略字として,漢字の歴史そのものが,次から次へと作られる簡体字の歴史であったといっていいのである。したがって古代の中国人たとえば《説文解字》の著者許慎なども,はじめに作られた文字は画数の多い〈古文〉であったが,のち文字によっては簡略化され,筆画の少なくなったものが出て来て〈古文〉とは形がちがってくる。それが〈大篆(だいてん)〉あるいは〈籀文(ちゆうぶん)〉であり,日常業務の要求から簡略化が進み〈籀文〉からさえも離れてきたとき,それが〈小篆〉になった,と考えたのである。
許慎の考えたこの道すじは必ずしもそのまま歴史事実ではなく,むしろ後代の文字が前代の文字に比べ機能の分化その他さまざまの理由から,かえって煩瑣(はんさ)の度を加える場合もあり,〈古文〉〈籀文〉などはかえって後代発生の文字だという王国維の考えもあることを考えて,さきにも〈概していえば〉という表現を用いることが適当だと考えたのである。ただし文字もまた一つの規範であり,〈略字〉という表現そのものの中に,規範に反するものとする若干の非難の気持ちのこめられることは,また十分にありうることであろう。かつての中国で略字が〈省文〉〈省字〉などと呼ばれ,〈俗字〉〈俗体〉と考えられたとき,そこにはそうした意識もありえたと思われる。黙認されてはいても,いまの〈簡体字〉ほど自分の存在を主張できるほどのものではなかったであろう。
執筆者:尾崎 雄二郎 日本でも漢字使用の初期の例である金石文にもみられるなど,古くから略字が用いられてきた。これらの略字の成立にはほぼ次の4種がある。(1)もとの字の草書の形を楷書化して固定する(當→当,實→実)。(2)もとの字の特徴的な部分だけを残す(獨→独,點→点)。(3)もとの字の簡易な別体や同音の他の簡易な形の字を代用する(嶽→岳,萬→万,臺→台)。(4)もとの字の構成部分に別の簡易な字形を代用する(驛→駅,佛→仏)。これら4種の例は,当用漢字(のち常用漢字)に採用された簡易字体であるが,その多くは,すでに手書きの際に通用していたものである。
執筆者:山田 武
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漢字の字画の一部を省略したり、全体の構成を簡略化することで書記の労力を省いたり、細書の便を図ったもの。異体字の一種。現代の中国では簡体字という。略字に対し、そのもとになった標準的な字体を正字、本字(中国では繁体字)という。略字には、(1)正字の字画のうち一部分を省略したもの(獨→独、聲→声、號→号など)、(2)正字の構成要素の一部(主として表音部分)を簡略形に変えたもの(釋→釈、鐵→鉄、廣→広など)、(3)正字の微細な点画を省略したもの(者→者、壯→壮など)、(4)正字の草書体をもとにして構成したもの(盡→尽、當→当など)、(5)正字の全体を他の簡略な形に変えたもの(禮→礼、萬→万、臺→台など)がある。中国では楷書(かいしょ)体の成立後まもなく略字が使用されたといわれるが、それらは基本的には一時的、便宜的、非公式なものと意識されていた。20世紀に入って略字(簡体字)を正式の字体として扱おうとする運動が起こり、とくに中華人民共和国成立(1949)以後は国策として簡体字化が推進されている。1956年には国務院が「漢字簡化方案」を公布し、64年に中国文字改革委員会が発表した簡体字2252字が現在正式の字体として使用されている。
このなかには点、独、号、声、虫など日本の常用漢字の字体に一致するものもあるが、云(雲)、(時)、气(気)など一致しないものも多い。日本でも略字は漢字輸入の当初から使用され、隅田八幡(すだはちまん)神社蔵人物画像鏡(5~6世紀)には同(銅)、竟(鏡)、大宝(たいほう)2年(702)の美濃(みの)国戸籍帳にはム(牟)、(部)などがみえる。略字は第二次世界大戦後の当用漢字の字体に多く採用され、現在の常用漢字にも継承されている。
[月本雅幸]
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…簡化字ともいう。ただし〈簡体字〉には使い方が2種類あり,こういう一般名詞つまり日本でいえば〈略字〉というのにほぼ相当する使い方と,他の一つは1956年国務院から公布された《漢字簡化方案》に含まれ,新聞雑誌書籍などで使われる,現在第一の正字体という意味での使われ方である。日本でいえば《常用漢字表》に含まれているものと同じ性質の,いわば固有名詞的な使い方である。…
…速記の手段となる速記方式は,通常〈特殊の人工的記号(速字)の体系〉であり,すべての語が簡略に書き表せるようになっている。しかしその構成は〈ローマ字〉や〈かな〉よりも複雑であり,個々の音を表す基礎文字,2音文字を合理的に作る縮字法,おもな単語を表す略字,その構成に関する略記法などから成り立っている。したがって,これらを十分に使いこなし,高速度で書いて正しく判読する(速記方式運用技術)には,外国語の学習と同じ教育課程が必要である。…
※「略字」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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