痕跡器官(読み)コンセキキカン(その他表記)vestigial organ
rudimentary organ

デジタル大辞泉 「痕跡器官」の意味・読み・例文・類語

こんせき‐きかん〔‐キクワン〕【痕跡器官】

その生物祖先では機能していたものが、退化して跡だけ残っている器官人間虫垂尾骨や耳を動かす筋肉クジラニシキヘビ後ろ足など。生物の進化を推測する手がかりとなる。

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精選版 日本国語大辞典 「痕跡器官」の意味・読み・例文・類語

こんせき‐きかん‥キクヮン【痕跡器官】

  1. 〘 名詞 〙 生物の器官のうち、機能の大半ないし全部を失い、形態的にも退化した器官。祖先の生物体においては有用であったと考えられ、生物の進化過程を推測する手がかりになる。ヒトの耳や鼻を動かす筋肉、尾椎(びつい)骨、虫垂のほか、クジラの後肢(こうし)など。痕跡器。

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改訂新版 世界大百科事典 「痕跡器官」の意味・わかりやすい解説

痕跡器官 (こんせききかん)
vestigial organ
rudimentary organ

生物体において,進化または飼育栽培の過程で十分発育しなくなり,同時に機能を失って,なごりをとどめるだけとなった器官。ある器官が進化的に発達しつつあるものか,退化しつつあるものかは,類縁の近い他種の生物のもつ相同器官と対比することによって間接的に知ることができる。

 成体において無用化している痕跡器官には,動物ではヒトの尾椎,盲腸の虫垂,耳を動かす筋肉,ウシ犬歯,ウマの第3指以外の中足骨,モグラや洞穴性両生類の目,ウズラ前肢第1指のつめなど,植物ではキク科植物の花の中心部の花弁,雌雄異株植物の雄花にあるめしべなど,さまざまな次元で多数の例がある。もっと退化の著しいものとして,ヒトのヤコプソン器官ヒゲクジラ上顎の歯のように胚期に一時現れながら発育が進むにつれて消失するものもある。あるはずの器官がまったく発生せず欠如するのは退化の極端な場合である。

 進化論登場の初期の時代には,退化した器官が進化の事実と機構を物語るものとして取りあげられることが多かった。フランスのラマルクは《動物哲学》(1809)の中で,進化の要因としていわゆる用不用の説を述べ,ある器官が頻用されるのも廃用されるのも環境の影響によるとした。またC.ダーウィンは《種の起原》(1859)の中で独自の自然淘汰説を痕跡器官の起源に対して適用した。彼は哺乳類の雄のもつ乳頭,ある昆虫の雌で退化している羽など,雌雄間での器官の分化を含めて多くの痕跡器官の例をあげている。そして洞穴性動物の目や孤島にすむある種の鳥の翼などが退化したのは,必要性がないための廃用が主原因であること,またある種の甲虫の羽が退化したのは,一定の条件のもとでは有用な器官が他の条件の下では有害になるため,自然淘汰によってその羽が退縮し無害化したのであると論じた。一方,無用となった器官に変異が大きいのは,自然淘汰がその変異には作用しないからであると解釈した。

 四足動物の胚に一時痕跡的に現れる鰓囊(さいのう)や哺乳類の胚の下顎に現れるメッケル軟骨のように,成長後大部分が消失する痕跡器官は,ダーウィン流の考え方ではそれらを共有する動物群が共通の祖先をもつことの証拠である。また胚はあまり分化していない状態の動物とみなされ,その限りで祖先つまり魚類の構造を表しているのだとされる。これに対して,ダーウィンに次いで現れたヘッケル流の考え方によれば,高等動物の発生過程に祖先の動物の形態が一時的に現れる,つまり個体発生は系統発生の短い反復であると見なされる。

 痕跡器官にはさまざまな性格のものがあるが,一様にただ無用化した器官であるのではなく,進化や飼育栽培の下でなんらかの機構によって意味深い遺伝的変化が起こったことを物語っている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「痕跡器官」の意味・わかりやすい解説

痕跡器官
こんせききかん

生物体において、その正常な機能を営むまでに至らず、未発達または退化的形態として存在する器官をいう。成体に存在する器官ばかりでなく、個体発生の途中に一時的に存在して消失するもの、途中から別の機能をもつ器官に変化していくものも含められる。たとえば鰓裂(さいれつ)は水生脊椎(せきつい)動物では呼吸器官となるが、陸生脊椎動物では発生途中一時的に出現するものの、その後に胸腺(きょうせん)など別の機能をもつ器官に分化していく。ヒトには、耳殻筋、尾椎(びつい)骨、盲腸の虫垂など、100に近い痕跡器官が存在するといわれる。痕跡器官は、祖先の生物では機能をもち有用であったものの名残(なごり)、つまり、それが不用となって進化の過程で退化したが、完全に消失するまでに至らないものと説明されている。たとえば、現生のクジラには四足獣の後肢(こうし)骨に相当する骨片が肉の中に埋もれた状態で存在するが、これは、クジラの祖先が四足で歩いていたものの、長い海洋生活で不用になり退化したものの名残であると説明される。逆にいえば、退化した後肢骨の存在は、クジラが四足獣に由来するものであることを示す証拠ともなる。このように痕跡器官は、外見的に非常に異なった生物間の類縁の近さを判定する証拠となることも多い。

[上田哲行]

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知恵蔵 「痕跡器官」の解説

痕跡器官

ある種や種のグループの器官が、近縁の動物のグループでは発達しているのに対し、いつまでも未発達の状態で、単に痕跡的に認められるにすぎないもの。この器官の働きは、発達した状態にあるものとは、非常に異なる場合がある。例えばヒトの耳介の筋肉はその例である。クジラ類の胚には四肢を示す4つの肢芽があり、前肢の2つはひれに変化するが、後肢は胚発生の間に急速に萎縮(いしゅく)し、ごく小さい不完全な骨になる。マッコウクジラやイルカではこうした骨の名残がもう少し発達して、後肢の痕跡器官として現れることもある。これらは、クジラ類が祖先の四肢動物から受け継いだ最後の痕跡といえる。

(小畠郁生 国立科学博物館名誉館員 / 2008年)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「痕跡器官」の意味・わかりやすい解説

痕跡器官
こんせききかん
vestigial organ

本来もっていた機能を失い痕跡的に残存する器官。人の耳殻の筋肉,盲腸,洞窟昆虫やモグラの眼,クジラの後肢骨など。系統発生において,退化し機能を失ったと考えられる。

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