白居易(はくきょい)の詩文集。『白氏長慶集』に後集等を含めた全集をいう。72巻。ただしもとは75巻、3840首。いまは末尾を失うが、詩歌だけでもほぼ2900首を存する。この数量は唐一代を圧する。その多産性は、長い制作時期、文学への熱情、「眼前の景、口頭の語」という文学質による。編集は当時にたぐい少ない自撰(じせん)であり、自らの文学意識に基づいている。やがて中国、朝鮮、さらに日本でも印行され、いわゆる漢字文化圏を通じて歌声を響かせ、欧米でも翻訳によって読み続けられている。ことに日本では白氏在世中、入唐(にっとう)僧慧蕚(えがく)が写本をもたらし、菅(かん)・江両博士家に継がれ、それらの集団に影響し、知識人の教養書とみなされた。また『句題和歌』『千載(せんざい)佳句』を通じて、歌壇に示唆を与えた。『枕草子(まくらのそうし)』では「書(ふみ)は文集、文選(もんぜん)」といわれ、そのまま『源氏物語』『新古今和歌集』などに色濃く投影し、やがて謡曲、軍記、物語、俳句、川柳(せんりゅう)にも及んだ。
本文の信頼しうるのは、改編本ではあるが、南宋(なんそう)初年に刊行された紹興(しょうこう)本である。この系列に菅家点による立野春節(たてのはるよ)和刻本がある。ただし改編前の体制を伝えるものは、朝鮮本に拠(よ)る那波道円(なわどうえん)(活所)の木活字本である。また残巻ながら慧蕚本の姿を伝えるものに金沢文庫旧蔵本がある。断簡を除いて、かなりの詩編を収めて白居易の原形にもっとも近いのが、平安中期の書写にかかる神田本『文集巻3・巻4』である。
[花房英樹]
『金子彦二郎著『平安時代文学と白氏文集』(1948・講談社)』▽『鈴木虎雄著『白楽天詩解』(1952・弘文堂)』▽『簡野道明著『白詩新釈』(1956・明治書院)』▽『高木正一著『中国詩人選集11・12 白居易 上下』(1958・岩波書店)』▽『花房英樹著『白氏文集の批判的研究』(1960・彙文堂書店)』▽『田中克己著『漢詩大系12 白楽天』(1964・集英社)』▽『平岡武夫・今井清編『校定 白氏文集』全三冊(1973・京都大学人文科学研究所)』▽『太田次男・小林芳規著『神田本白氏文集の研究』(1982・勉誠社)』
中国,中唐の文学者白居易の詩文集。前集50巻,後集25巻,すべて75巻から成る。ただし現存の集は4巻を欠き,71巻。前集は《白氏長慶集》,後集がすなわち《白氏文集》で,両者を《白氏文集》と総称する。前集は824年(長慶4)に親友の元稹(げんしん)が編纂したもので,詩を諷諭,閑適,感傷,律詩の順序に分類配列して,そのあとに賦と散文を収める。著名な〈新楽府(しんがふ)〉は諷諭に,《長恨歌》《琵琶行》は感傷に属する。後集は《長慶集》以後の作品を白居易みずから数度にわたって編集して,845年(会昌5)74歳のときに完成したもの。詩は格詩,律詩,雑体,歌行に分類し,散文も含まれる。〈格詩〉とは雑体・歌行以外の五言七言の古詩をいう。古代の日本文学に最大の影響を与えた書物で,単に〈文集〉といえば《白氏文集》を指したこと,例えば《枕草子》にみえるとおりである。したがって本文批判の面でも中国の古刊本のほか,日本の古写本がきわめて重要である。
執筆者:荒井 健
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
唐の白居易(はくきょい)(字は楽天)の作品集。漢籍。「白氏長慶集」「白氏後集」「白氏続後集」の計75巻(現存71巻)に3840の詩文を収める。自撰で845年に完成。日本には平安初期に伝来し,急速に広まった。とくに平安時代には熱狂的に受容され,平易流麗で情緒的な詩句は,漢詩文はもとより和歌や仮名文の世界にも多大の影響を与えた。しかし本質である諷諭(ふうゆ)精神はあまり好まれず,室町時代以降しだいに評価は下がった。
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… 白居易は生前から社会の上層下層を問わず多数の読者をもった詩人で,彼の名声は朝鮮,さらに日本にまで伝えられた。作品集を《白氏文集(はくしもんじゆう)》というが,《枕草子》に〈文は文集,文選,はかせの申文(もうしぶみ)〉とあるように,単に〈文集〉といえば《白氏文集》を指すほど,平安朝の人々に愛読された。《白氏文集》は前後集に分かれ,前集の《白氏長慶集》は,824年(長慶4)に元稹が編纂し,50巻より成る。…
※「白氏文集」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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