日本古典文学の一つのジャンルで,西洋の叙事詩,武勲詩に当たる。摂関家である九条家の出身で,延暦寺の座主(管長)にも就任した慈円は,その史論書《愚管抄》に,《大鏡》などの〈歴史物語〉について,〈ソレハミナ,タダヨキ事ヲノミシルサント〉したもので,保元の乱(1156)以後の武者の世を描きえないと記している。この武者の登場による動乱を作品の主題とするのが〈軍記〉である。〈軍記物〉〈軍記物語〉〈戦記〉〈戦記物〉〈戦記物語〉とも呼ばれるが,いずれの名称も新しく,明治以後の用語である。現存の作品は,〈記〉〈物語〉の名称を有するが,古くは〈合戦状〉〈戦物語〉などと呼ばれた。
軍記はもともと戦乱の記録を目的とするもので,そのため乱後まもなく成立したものが多い。ただし,その記録の性質は,とりあげる戦乱の規模,特にその歴史上の意義いかんによって変わってくる。軍記にも史的変遷が見られ,3期に分けるのが文学史に位置付けする上で便利である。初期の軍記として,京都を震撼せしめた平将門(まさかど)の乱を関東在住の人々の関心をもってとらえ,彼らの生活をおびやかすと考えられた将門の霊を地獄から救おうとして記した《将門記(しようもんき)/(まさかどき)》,また,奥州,安倍一族の前九年の役を記した《陸奥話記(むつわき)》がある。中期の軍記として,古代貴族社会から中世武家社会へと移り変わる変革期を描いた《保元物語》《平治物語》《平家物語》,武家政権に対するまき返しをはかり失敗におわった後鳥羽院らの叛乱,承久(じようきゆう)の乱を批判的に描いた《承久記》,元弘の乱による鎌倉幕府の滅亡と室町足利政権の成立,その内部の分裂によりはてしなく続く戦乱を,その渦中にあって描いた《太平記》がある。さらに後期軍記として,室町幕府の体制は維持されながら,その内部に相次ぐ紛争,幕府への謀叛,鎮定などを描く室町期の軍記がある。すなわち,関東管領足利持氏の幕府に対する叛乱とその追討,および後日の関東の形勢を実録的に描く《永享記(えいきようき)》,同じく室町幕府の側から内乱の追討を描く《応永記》《嘉吉記(かきつき)》《明徳記》,将軍や有力大名の治政を批判し戦乱の経過を記録した《応仁記》,新しい体制内における自ら一門の不遇をかこち,子孫に対する教戒を志した《三河物語》,永享の乱をとりあげ,その敗者持氏の遺児の悲運を浄瑠璃の世界にも通う哀話として記す《結城(ゆうき)戦場物語》などがある。数の上ではこの後期軍記がもっとも多く,性格も多様であるが,軍記の最盛期は,《太平記》をもって終わったと見るべきであろう。
軍記の多くは作者が不明で,複数の編者の合作になるものが多い。たとえば《平家物語》は,伝承や説話,さらに先行の各種作品をも汲み上げることによってさまざまな異本を生み出し,しかもそれらの諸本が語られる過程で,物語としての構成や劇的な性格を濃くしていった。《将門記》は,戦乱後まもなく成立したが,実録や巷説を素材とし,それらを年代順に描き,戦乱そのものの動態を語り出している。《太平記》のように,複数の編者が戦乱の渦中にあってその行方をたどるところから,作品としての構想をととのえることができず,無秩序状態に陥ることもある。だが,基本的には,戦乱の原因,経過と結末,後日談の3部構成の形をとる。《保元物語》《平治物語》にそれがうかがえる。成長期の軍記は物語としての性格も濃く,〈雑史〉と呼ばれたゆえんでもある。
その享受のあり方は,寺院での説教の場を通して読み物として行われる一方,琵琶法師の琵琶語りや,敗軍の将でありながら従軍僧として活躍する時衆の物語僧の語りとして行われた。《保元物語》《平治物語》《平家物語》は琵琶法師が語り,《太平記》《明徳記》などは物語僧が語った。いずれにしろ語られることから,物語は聴き手を想定して成り立つ。そのため,実録以外に説話や伝承をとり込み,それらを歴史の展望のもとに位置付けし,説話集には見られない緊密な構成を示す。
文体について見ると,《陸奥話記》など京都の王朝や幕府など中央為政者の立場から地方の叛乱を鎮定する経過を描く追討記としての軍記は,当然公式記録にふさわしい正統漢文をもって記される。それに対して,上述したような代表的な軍記物語は,作者やその語り手自身が戦乱を体験し,それを領導した英雄の行動に共感し,その合戦の様を具体的に再現するため口語をも使い,正統漢文をくずし変体漢文,和漢混淆文を作り出した。
最盛期の軍記である《保元物語》《平治物語》,特に《平家物語》《太平記》は,後続の軍記ばかりでなく,後代の文学にも大きな影響を与えている。室町期のいわば時代閉塞の中で,動乱の時代そのものを描くよりも,時代を生きる個人の数奇な運命を語る変種の軍記が生み出される。戦乱期を作品の背景とし,戦闘を描く点で軍記ではあるけれども,主役個人の運命に焦点を絞る。たとえば北陸から東北地方に伝承された源義経の悲劇,この義経をとりまく家来たちの勇壮な活躍を語る義経語りを素材とし,しかも物語としては京都の人々の興味をもって物語化した《義経記(ぎけいき)》,仇討を余儀なくさせられた曾我兄弟の運命を,現地東国に住む人々の関心をもってとらえ物語化し,瞽女(ごぜ)たちが語った《曾我物語》などがそれである。また,世阿弥の修羅物をはじめとする後続作者の能や,農村の語り物である幸若舞曲(こうわかぶきよく)など中世の芸能をはじめ,室町時代の物語草子,近世・近代の各種小説,浄瑠璃,歌舞伎,演劇など,あらゆるジャンルに素材を提供している。その意味でも,他に例を見ない国民文学たりえたのである。
執筆者:山下 宏明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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