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直仁親王 なおひとしんのう

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朝日日本歴史人物事典の解説

直仁親王

没年:応永5.5.14(1398.6.28)
生年:建武2(1335)
南北朝期の皇族。花園天皇の皇子,母は権大納言正親町実明の娘実子(宣光門院)。誕生とともに光厳天皇の猶子となる。貞和4/正平3(1348)年10月元服,崇光天皇の皇太弟に擁立される。観応2/正平6年足利尊氏・直義兄弟の抗争の激化により,尊氏が南朝と和睦した結果,南朝の後村上天皇によって皇太弟を廃され,翌年以降,北朝の光厳,光 明,崇光の3上皇と共に,大和(奈良県)賀名生や河内(大阪府)金剛寺など転々と移される。延文2/正平12年に至り帰京。出家ののち,萩原殿に居住し,萩原宮と称された。

(相馬万里子)

直仁親王

没年:宝暦3.6.2(1753.7.2)
生年:宝永1.9.9(1704.10.7)
江戸中期の皇族。東山天皇の第6皇子,母は新崇賢門院賀子(内大臣櫛笥隆賀の娘)。閑院宮の祖。秀宮と称す。宝永7(1710)年8月11日,幕府の奏請により親王家創立。享保3(1718)年1月12日,閑院の宮号を賜った。同23日親王宣下を受けた。この閑院宮創立は,徳川家宣の将軍襲職に際し新井白石が進言したものである。同4年2月3日二品,同14年11月18日一品に叙せられ,宝暦2(1752)年6月2日准后に補せられた。

(藤田恒春)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

なおひとしんのう【直仁親王】

1335‐98(建武2‐応永5)
花園天皇の皇子。母は宣光門院藤原実子。1348年(正平3∥貞和4)元服し,ついで光厳天皇の猶子として崇光天皇の皇太子に立てられた。しかし51年(正平6∥観応2)足利尊氏が一時南朝に下り,後村上天皇による南北両朝の合一がなされたため,崇光天皇とともに皇太子を廃せられ,さらに光厳・光明・崇光3上皇とともに賀名生(あのう)などに幽閉された。56年(正平11∥延文1)京に放還されるが,その間,ふたたび南北両朝が分立し,京では後光厳天皇の践祚後のため親王はもはや皇位につくことなく,のち出家して,花園上皇の御所萩原殿において没した。

なおひとしんのう【直仁親王】

1704‐53(宝永1‐宝暦3)
東山天皇の皇子。閑院宮の祖。母は新崇賢門院藤原賀子。幼名秀宮。新井白石が皇統の安固を期するため,伏見・桂・有栖川の三宮家のほかに,さらに一家の創立を幕府に建議したが,1710年(宝永7)将軍徳川家宣はその建議をいれ,秀宮の一家創立を奏請し,家領1000石の献上および新殿の造営を行った。18年(享保3)秀宮は閑院の称を賜い,一家の号とし(閑院宮),親王宣下を被り,ついで元服して弾正尹に任ぜられた。翌年二品に叙され,近衛基熙の猶子となった久我通名の女脩子をめとり,29年一品に叙された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

直仁親王
なおひとしんのう
(1335―1398)

花園(はなぞの)天皇の第一皇子。母は宣光門院実子。1348年(貞和4・正平3)10月光厳(こうごん)上皇の猶子(ゆうし)となり元服。同月20日北朝崇光(すこう)天皇即位とともに皇太子にたった。1351年(観応2・正平6)南朝と足利尊氏(あしかがたかうじ)との和睦(わぼく)の際、天皇とともに廃された。南朝軍の京都進入で光厳、光明(こうみょう)、崇光三上皇とともに山城八幡(やましろやわた)(京都府八幡市)に移され、のち大和賀名生(やまとあのう)(奈良県吉野郡)に幽閉された。1357年(延文2・正平12)に帰京し、出家して花園上皇の御所であった萩原殿(はぎわらどの)に住した。[佐々木久彦]

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世界大百科事典内の直仁親王の言及

【閑院宮】より

…東山天皇の皇子直仁(なおひと)親王を初代とする宮家。時に幕府は新井白石の建言を入れて,皇室の繁栄のため新宮家の創立をはかり,家領1000石を献じたので,1710年(宝永7)親王に一家創立の勅命があり,ついで閑院の宮号を賜った。…

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