石山貝塚(読み)いしやまかいづか

精選版 日本国語大辞典 「石山貝塚」の意味・読み・例文・類語

いしやま‐かいづか‥かひづか【石山貝塚】

  1. 滋賀県大津市石山寺辺町にある縄文時代早期の淡水貝塚尖底土器骨角器石器、屈葬人骨などが出土した。

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日本歴史地名大系 「石山貝塚」の解説

石山貝塚
いしやまかいづか

[現在地名]大津市石山寺三丁目

石山寺東大門の東南約一〇〇メートルの瀬田せた川畔に営まれた日本で最大級の淡水産貝塚。昭和一五年(一九四〇)の発見以来七回に及ぶ発掘調査により、今から七千―八千年前の縄文時代早期の貝塚が明らかになる。貝塚は東西約五〇×南北約六〇メートルの広範囲に及び、貝層の最大個所で二メートル前後の厚さ。貝層中からは浅い凹みに屈葬された人骨五体(男女各二体・子供一体のうち一体は貝層下の土層を掘込んで埋葬)、礫で築いた石組炉一二ヵ所(最大で直径二メートル前後、最小で直径〇・五メートル前後)、火を受けて貝殻が固く焼きしまった焼貝面(礫を並べず貝層面で直接火を使用した跡、直径一メートル前後)などの生活遺構とともに、石器(磨製石斧・打製石鏃・石錘・石匙・石錐・刃器・磨石など)・骨角器(角鏃・骨鏃・骨銛・骨針・尖頭器・鹿角製斧など)の道具類、装身具(貝小玉・貝輪・牙製勾玉状垂飾など)、脊椎動物の骨(シカ、イノシシ、ツキノワグマ、ニホンザル、タヌキ、アナグマ、ウサギ、イヌ、コイ、フナ、ナマズ、スッポン、イシガメ、キジ、ヤマドリなど)が多量に出土した。

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改訂新版 世界大百科事典 「石山貝塚」の意味・わかりやすい解説

石山貝塚 (いしやまかいづか)

滋賀県大津市石山寺辺町にある縄文時代早期の淡水貝塚。瀬田川西岸に位置し,約2.5km北方の琵琶湖最南端までに,縄文時代早期~中期の蛍谷貝塚,前期~晩期の粟津遺跡と続く。貝層は南北40m,東西10mの範囲に認められ,厚さは深い部分で2mをはかり,6~8層にわかれる。下層から順に押型文土器,茅山式並行,粕畑式,上ノ山式,入海I式,入海II式,石山式が出土し,近畿地方における縄文早期後半条痕文土器の編年が確立した。石器には磨製石斧,打ち欠き石錘,サヌカイト製の石鏃・横型石匙・石錐があり,ほかに鹿角製斧,鋸歯状文を施した骨製の笄(こうがい),牙製勾玉,鹹水(かんすい)産の貝輪などが伴出した。また,積石炉,不整円形の焼貝面,数体の屈葬人骨が貝層中から発見されており,近畿地方の縄文時代早期を代表する貝塚である。貝塚は1940年の発見以後,藤岡謙二郎,坪井清足らによって数次の発掘調査がおこなわれている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「石山貝塚」の意味・わかりやすい解説

石山貝塚
いしやまかいづか

滋賀県大津市石山寺辺町(いしやまてらべちょう)、瀬田川(せたがわ)右岸の小公園内にある縄文早期の淡水貝塚。1940年(昭和15)発見、数次の発掘調査が行われた。琵琶(びわ)湖から瀬田川流出口付近に今日でも多量に生息するセタシジミの貝殻が過半を占める。日本では内陸の湖沼地帯に面する貝塚はきわめて少なく、琵琶湖岸でもこの遺跡が唯一のものである。貝層は河岸に沿って南北約50メートル、東西20メートルの範囲にあり、もっとも厚い部分で約2メートルあった。内陸部の貝塚として、また、縄文早期の貝塚として規模の大きいほうであり、早期末の数形式の土器とともに、埋葬人骨5体、貝製、鹿角(ろっかく)製の装身具など、早期末の貴重な遺物が多数出土している。

[江坂輝彌]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「石山貝塚」の意味・わかりやすい解説

石山貝塚
いしやまかいづか

滋賀県大津市石山寺辺町にある縄文時代早期の淡水産種貝塚。琵琶湖から流れ出る瀬田川の右岸にあり,早期末の各種尖底土器とともに,多くの石器,骨角器が発見され,屈葬人骨も5体知られている。

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