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石見銀山遺跡

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

石見銀山遺跡

16世紀半ばから約400年間採掘され、1923(大正12)年に閉山した。一時は世界の産銀量の3分の1を占めた日本の主要鉱山だった。銀は海外に輸出され、大航海時代の欧州と東アジアを交易で結ぶ役割も果たした。世界遺産登録を目指す「石見銀山遺跡とその文化的景観」は約600の「間歩(まぶ)」(坑道跡)、江戸時代に代官、商人、労働者らが住んだ町並み、銀の積み出し港などからなり、総面積は約440ヘクタール

(2007-06-20 朝日新聞 朝刊 3社会)

石見銀山遺跡

16世紀半ばから約400年間採掘され、1923(大正12)年に閉山。一時は世界の産銀量の3分の1を占めた。昨年7月に「石見銀山遺跡とその文化的景観」として世界遺産登録された。約600の「間歩」(坑道跡)、江戸時代に商人や労働者らが住んだ町並み、銀の積み出し港などからなり、総面積は約440ヘクタール。世界遺産登録は国内14件目。

(2008-05-18 朝日新聞 朝刊 3社会)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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国指定史跡ガイドの解説

いわみぎんざんいせき【石見銀山遺跡】


島根県大田市大森町ほかの広範囲に分布する鉱山遺跡。石見銀山は世界有数の銀鉱山として、約400年間採掘されてきた。本格的に銀の採掘が始まったのは、1526年(大永6)と伝えられる。戦国時代には大内・尼子(あまご)・毛利の各氏がこの銀山の争奪戦を繰り広げ、毛利氏、豊臣氏を経て、徳川幕府の直轄領となった。初代奉行大久保長安が着任し、この時代に掘られたのが釜屋間歩(まぶ)(坑道)、大久保間歩などで、なかでも大久保間歩は全長870mあり、入り口から約100mまでは高さ3m、幅2.7mもあった。石見銀山の最盛期は中世から近世にかけてで、人口は20万人にも達した。当時を物語る遺跡として、釜屋・本・福神山(ふくじんやま)・龍源寺・新横相(しんよこあい)・新切(しんきり)・大久保の7つの間歩跡、代官所跡、伝安原備中霊所、安原備中墓、大久保石見守墓、天正在銘の宝篋印塔(ほうきょういんとう)基壇、佐毘売山(さひめやま)神社、山吹城跡の計14ヵ所が、1969年(昭和44)に国の史跡に指定された。市内の大森町を中心にして、代官所跡や商家などの古い町並み、寺院や神社、銀山を守備するための城跡、銀を積み出した沖泊(おきどまり)(温泉津(ゆのつ)町)と鞆ヶ浦(ともがうら)(仁摩(にま)町)の港、それらを結ぶ街道などが含まれている。2007年(平成19)に世界遺産に登録された。資料館「石見銀山世界遺産センター」が2008年(平成20)に開館している。JR山陰本線大田市駅から石見交通バス「大森代官所跡」下車、徒歩すぐ。

出典|講談社
(C)Kodansha 2013.
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