社会主義的所有(読み)しゃかいしゅぎてきしょゆう(その他表記)socialist ownership 英語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「社会主義的所有」の意味・わかりやすい解説

社会主義的所有
しゃかいしゅぎてきしょゆう
socialist ownership 英語
sozialistisches Eigentum ドイツ語
социалистическая собственность/sotsialisticheskaya sobstvennost' ロシア語

社会主義所有とは、需給の計画的調整や労働に応じた分配などの社会主義的経済運営を行うための基礎となると同時に、この経済運営を通じて再生産されるところの経済的意思決定権の全社会的編成のことであり、生産財の社会的(国家的あるいは協同組合的)所有や消費財の個人的所有はその代表的なものである。

[西村可明]

社会主義的所有の確立、内容、形態

社会主義革命により成立した労働者国家は、資本主義から社会主義への過渡期において、生産手段を国有化し、これに基づいて全社会的規模での計画的生産や消費財の労働に応じた分配を組織していく。この過程で生産財の国家的所有と消費財の個人的所有は、このような生産・分配様式の結果となっていくとともに、国民経済に占める社会主義的セクターの支配地位形成を通じて、社会主義的経済運営によって再生産されたものに転化されていく。その結果、両者は、社会主義的生産諸関係を経済的内容とする社会主義的所有として確立される。

 労働に応じた分配の原則を実現するためには、労働の基準と消費の基準とを統制する強制機関としての国家が必要になるから、社会主義のもとで国家的所有の形態は不可避となる。この国家的所有が内実として全国民の所有であるためには、国家の意思が全国民の意思を実際に反映している必要があり、それゆえ民主的政治システムが必要不可欠になる。このように、社会主義の下での国家的所有は、内実としては全国民の所有であるべきであり、また社会主義的経済運営と経済関係をその経済的内容とする点で、資本主義下の国家的所有とは異なる。また消費財の個人的所有は、資本家により取得される利潤や労働力の価格としての賃金に基づくのではなく、労働に応じた分配に基づくという点で、資本主義下のその私的所有とは経済的内容が相違する。

[西村可明]

旧ソ連および東欧諸国における社会主義的所有制度の諸形態

支配的な形態は国家的所有であり、その対象には生産財以外に、輸送商業・金融機関などの諸施設、文化・厚生施設、住宅、国営企業の生産物などが含まれていた。次に、小農などの小商品生産者が多数の協同組合に結集されたために広まった協同組合的所有も重要である。協同組合的所有の対象としては、農業、林業、漁業における生産協同組合やおもに日用品を製造する工業生産協同組合の生産財、生産物、文化・厚生施設、消費協同組合の商店や食堂の施設などがあった。個人的所有となるものには、住宅を含む個人的消費財のほか、国営農場や協同組合農場の農民による個人副業経営用の生産財もあった。また、複数の国有企業や協同組合企業が一つの企業を所有するという共同所有も存在した。

[西村可明]

分権化の試みと社会主義的所有の崩壊

旧ソ連で1930年代に確立され、東欧などの社会主義諸国によって継承された集権的経済管理システムのもとでは、国家的所有は、物質的財貨に対する国家のほとんど全面的な排他的支配と、この支配に対する労働者集団の従属とを意味する。このような国家的所有の欠陥として指摘されていたのは、第一に、国家の民主的意思形成が一党制などの政治システムにおける阻害要因によって歪曲(わいきょく)されているために、国家的所有からの全人民の疎外があるという問題点、第二に、企業において労働者が自ら主体としてふるまうことが不可能だという意味で、国家的所有からの労働者の疎外が労働の場で生じるという問題点、第三に、国民経済の規模が拡大し構造が複雑化すると、情報量と情報処理能力とのアンバランスや利害調整のむずかしさのために、国家管理機関が詳細な指令を出して企業活動を管理することが困難になり、効率的経済運営を確保できないという問題点である。

 これらの欠陥の克服を模索する過程で、旧ユーゴスラビアでは1950年代初めから国家的所有は間接的・社会的所有にすぎず、官僚支配と勤労者の疎外を生むから、直接的・社会的所有への移行が必要だとして、労働者による自治と自主管理が追求された。またハンガリーでは、68年の経済改革により、商品市場で利潤最大化を目ざして自由に行動する国有企業を国家計画に向けて経済的用具で誘導する「規制された市場」が導入された結果、企業に認められる一定の所有権と国家の所有権とが当該生産財について重層的に構成されるとみなす見解もみられるようになった。しかし、こうした試みも、70年代のオイル・ショック後の世界経済の条件に対応できず、厳しく批判されるようになった。たとえばハンガリーでは、国家的あるいは社会的所有は資産の合理的利用に対する無関心を人々の間に植え付け、効率向上や技術革新が阻害されるために、経済発展が停滞してしまうという反省から、資本市場の導入が追求されるようになり、80年代後半には、社会主義から資本主義への体制転換が準備された。ソ連、東欧における社会主義体制の崩壊は、直接的には社会主義政権の倒壊という政治的要因によるものであるが、より根本的には、効率的な経済運営の方式とそれを保証する所有制度が社会主義の実験のなかで発見できなかったことに由来するといえよう。

[西村可明]

『В・П・シュクレドフ著、岡稔・西村可明訳『社会主義的所有の基本問題』(1973・御茶の水書房)』『W・ブルス著、大津定美訳『社会化と政治体制』(1982・新評論)』『西村可明著『現代社会主義における所有と意思決定』(1986・岩波書店)』『西村可明著『社会主義から資本主義へ――ソ連・東欧における市場化政策の展開――』(1995・日本評論社)』

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