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神理教 しんりきょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

神理教
しんりきょう

教派神道 13派の一つ。起源は筑前 (福岡県) の地方的な巫部的神道であるが,その名称のように神道に一つの理論化を試みた点に特色がある。教祖は豊前 (福岡県) の人,佐野経彦。始祖をニギハヤヒノミコトとし,濁った池に生きる人は,祓 (はらい) によって天の明るみのほうに向い,大元気として生命力に満ちた神の恩恵に浴しうるという。国風高揚のために神学,神画を教授し,古来の礼法を保存するために神楽,生花,茶道を奨励するなど,実際には,庶民の日常に処する世俗倫理として機能した。教戒の一つに「世は大いなる一家なることを忘るるなかれ」とあるのはそのような性格の現れである。 1880年に立教の認可を受け,84年神道本局に属し,88年御岳教の管轄に移り,94年 10月一派として独立した。本部は北九州市小倉南区徳力。

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デジタル大辞泉の解説

しんり‐きょう〔‐ケウ〕【神理教】

教派神道の一。佐野経彦が明治13年(1880)に神理教会を創設したのが始まり。明治27年(1894)に一派独立。佐野氏の祖とされる饒速日命(にぎはやひのみこと)の伝えをもとに教義を形成。

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百科事典マイペディアの解説

神理教【しんりきょう】

教派神道の一つ。佐野経彦〔1834-1906〕が1880年神理教会を起こし,神道本局に属したが,1894年一派として独立。言霊(ことだま)を明らかにし,神理の教義を広めることを目的とする。

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大辞林 第三版の解説

しんりきょう【神理教】

神道十三派の一。1880年(明治13)佐野経彦つねひこが創始、一時御嶽教に属したが94年独立。饒速日命にぎはやひのみことから伝来したと称する家伝の神事を基本に、言霊ことだま信仰にのっとった教義を説く。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

神理教
しんりきょう

神道(しんとう)教団。旧教派神道神道十三派の一つ。佐野経彦(つねひこ)を教祖とする。医者でもあった経彦が、家伝の神道の再興を図って活動したのに始まる。1880年(明治13)に神理教会が結成されたが、一派独立を許可されず、初め神道本局、ついで御嶽(おんたけ)教に所属。1894年に神理教として一派独立した。教会は福岡県に集中しているが、そのほか北九州から近畿地方にかけても散在する。教義上および組織上においては教団としてのまとまりはあまり強くない。本部は北九州市小倉(こくら)南区徳力。教会数128、布教所数12、教師数1258、信者数13万7933(『宗教年鑑』平成26年版)。[井上順孝]

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世界大百科事典内の神理教の言及

【教派神道】より

…(2)江戸時代後期に発達した富士信仰と木曾御嶽信仰の講を再編成した実行教,扶桑教,御嶽(おんたけ)教。(3)おもに明治初年に組織された惟神(かんながら)の道に立つ禊(みそぎ)教,神理教,神習教,大成教,神道修成派,大社教,神道本局(のち神道大教),神宮教。 第1の習合神道系創唱宗教では,黒住教は天照大神,太陽神を主神とする独自の民衆的神道説をかかげているが,天理教の天理王命,金光教の天地金乃神の信仰は,神社信仰を中心とする狭義の神道とは大きく隔たっている。…

【佐野経彦】より

…医学を志したが勤王の志士となり,1879年神道教導職として大教宣布に従事,饒速日命(にぎはやひのみこと)以来の遺法と称する神道行事を再興した。80年神理教会を創立,94年神理教を開教し初代管長に就任。鎮歌,神楽,禁厭を尊重し,古礼を重視するとともに,いけばな,茶道,俳諧を振興,角力(すもう)を奨励した。…

※「神理教」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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