神奈川県西部、秦野盆地全域を市域とする市。1955年(昭和30)秦野、南秦野の2町と東秦野、北秦野の2村が合併して市制施行。1963年西秦野町を編入。小田急電鉄、国道246号が通じ、東名高速道路秦野中井インターチェンジ、新東名高速道路新秦野インターチェンジがある。中心市街地の旧秦野町は江戸時代には十日市場といった市場町で、矢倉沢(やぐらさわ)往還の宿場町でもあった。江戸後期に江戸の需要にこたえて秦野盆地で秦野煙草(たばこ)で知られる葉タバコの栽培が盛んになると、十日市場はその取引地としてにぎわった。明治後期のたばこ専売制施行後は、秦野にその製造工場、試験場が設けられ、全国有数のたばこ業中心地となった。葉タバコ栽培は1984年に消滅したが、毎年秋には「秦野たばこ祭」が行われている。また清酒醸造も古い歴史をもつ。市街地北西部の工業団地(秦野テクノパーク)へは諸種の内陸性工場が進出し、神奈川県央工業地域の一部をなしている。また、上智(じょうち)大学の秦野キャンパスがある。小田急電鉄の秦野、渋沢両駅は丹沢(たんざわ)登山の基地、震生湖(しんせいこ)は関東大震災のときにできた自然堰止(せきとめ)湖で、弘法山(こうぼうやま)とともに行楽地となっている。そのほか、表丹沢県民の森、県立秦野戸川公園などがある。弘法山の8月中旬の瓜生野百八松明(うりうのひゃくはったい)と、堀西の雨乞(あまごい)岳、三廻部(みくるべ)の観音(かんのん)院、それに塔ノ岳の黒尊仏(くろそんぶつ)などの雨乞行事は貴重な民俗芸能である。市の東部の鶴巻温泉(つるまきおんせん)(小田急電鉄鶴巻温泉駅下車)は、東京、横浜、湘南(しょうなん)方面に近く、週末の気軽な旅行に利用される。泉質は塩化物泉。名物には猪鍋(ししなべ)と山菜料理がある。面積103.76平方キロメートル、人口16万2439(2020)。
[浅香幸雄]
『『秦野市史』全13巻(1981~1991・秦野市)』
神奈川県中西部にある市。1955年市制。人口17万0145(2010)。丹沢山地の南斜面とその南麓にある秦野盆地とを市域とする。中心の旧秦野町は,丹沢山地から流出する河川が山麓でつくった扇状地の末端部に形成された市場町(十日市場と呼ばれた)で,矢倉沢往還沿いの宿場町でもあった。江戸時代からこの一帯で栽培が盛んであったタバコの集散地として栄え,明治に入ってからは専売公社のタバコ製造工場も設立されて,秦野はタバコの町として知られた。このほか木綿や竹細工も生産された。1927年小田急電鉄の開通により東京新宿と直結され,丹沢山地への登山口として,秦野・渋沢両駅がにぎわった。第2次大戦後,タバコ栽培は急速に衰えたが,国道246号線(東京~沼津)の改修を機に内陸工業地としても注目され,南部では花卉園芸が盛んであるが,東名高速道路の開通によって市街地化が進んでいる。丹沢大山国定公園の南の根拠地として,夏季には観光・登山客が多い。市の南東部に鶴巻温泉がある。
執筆者:伊倉 退蔵
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
《〈和〉doctor+yellow》新幹線の区間を走行しながら線路状態などを点検する車両。監視カメラやレーザー式センサーを備え、時速250キロ以上で走行することができる。名称は、車体が黄色(イエロー)...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新