内科学 第10版 「移転性肺腫瘍」の解説
移転性肺腫瘍(肺腫瘍)
原発巣を離脱して脈管や気道を通じて肺に転移し,病巣をつくった腫瘍を転移性肺腫瘍とよぶ.転移性肺腫瘍は肺に病巣があるというだけで,腫瘍としての生物学的特徴は腫瘍が発生した臓器の特徴を受け継いでいる.転移という事象に由来するものであることから一般的にその予後は不良であるが,原発腫瘍の生物学的特徴,手術適応の有無,薬剤感受性などが予後に影響を与える.
疫学
肺は転移が多い臓器で,肺以外で発生した腫瘍の30~50%が肺に転移しているといわれている.
分類
あらゆる癌は,肺に転移する可能性がある.ただし,転移性肺腫瘍として頻度が多いものは,乳癌,頭頸部癌,肺癌,腎癌,食道癌,胃癌,大腸癌,子宮癌,精巣腫瘍,骨肉腫などである.原発性肺癌でも,いったん血液の流れに乗って全身を循環した後に肺に転移した病巣は,転移性肺癌とされる.
病態生理
最も多い血行性の転移は以下のような機序で生じる.悪性腫瘍は原発巣で増殖した後,原発巣から離脱して腫瘍塞栓を形成し,脈管内へ侵入する.流血中の腫瘍塞栓は,炎症反応,免疫反応,血栓器質化,機械的損傷などの生体影響を受ける.これらの要因の大半は腫瘍細胞の生存には不都合なものであるが,偶然の結果として,この環境に耐えた場合や環境が腫瘍の増殖・浸潤に好都合に作用した場合に限って,遠隔臓器の毛細血管の内皮に到達,着床する.続いて,管壁と基底膜を分解して血管外へ脱出し組織に浸潤した上で,転移病巣において増殖する.
肺転移に際しては,腫瘍細胞は肺動脈を経由して肺の毛細血管へ運ばれる.全身の血液は肺に戻り酸素化されるが,効率よく酸素化するために肺は微細な網目構造を構築している.肺に転移が多い理由は,そのような肺という臓器の役割と構造に起因する.
肺への転移は4つの経路から生じる.
1)肺動脈からの転移:
最も多い転移機序である.多くの場合,あらたに形成された腫瘍は周辺の肺実質へ広がり辺縁明瞭な結節をつくる(実質性増殖パターン).
2)リンパ系からの転移(癌性リンパ管症):
リンパ行性の転移は2つの機序がある.第一の機序は,まず肺の毛細血管への血行性播種が生じ,続いて隣接する間質やリンパ系へ浸潤し,リンパ流を介して肺門や末梢肺へ転移するものである.これが,大半の肺のリンパ行性転移の機序である.
第二の機序はリンパ管に沿った逆行性の進展である.腫瘍はまず胸隔外から縦隔リンパ節へ転移し,続いて肺門や気管支肺リンパ節へ逆行性に広がり,その後,胸膜や肺のリンパ管へ転移する.
3)胸腔からの転移:
この様式の転移は個々の腫瘍細胞や腫瘍の小断片が胸腔内へ遊離したり,ほかの部位から胸水中へ運ばれたときに生じる.
4)気道からの転移:
この様式の転移は肺外腫瘍でも,肺内腫瘍(特に細気管支肺胞上皮癌)でも生じるとされている.
臨床症状
転移性肺腫瘍は通常あまり症状がない.ただし,実質性増殖パターンをきたすものは,サイズの増大や気道の圧迫に伴い,咳,呼吸困難,気道出血をきたす.癌性リンパ管症をきたした場合には,咳と呼吸困難が特徴的である.気管支(気道)内転移をきたした場合は,喘鳴,無気肺や閉塞後肺炎をきたすことがある.臓側胸膜転移の破綻に伴い気胸や血胸をきたすことがあるが,これは肉腫でみられることが多い.
診断
1)画像診断:
肺転移の画像所見としては,次の5つがあげられる.①実質性増殖パターン(多発または単発の結節),②癌性リンパ管症,③腫瘍塞栓,④気管支内腔の腫瘍,⑤悪性胸水. 肺転移の最も多い所見は肺実質内の結節である(図7-12-6A).結節は通常多発性で重力と肺容量の影響のため肺底区に形成されやすい.大きさはさまざまである.ときに不整な空洞を有する.ほとんどは独立しているが,個々の病巣が拡大し,融合し,分葉性の腫瘤を形成することもある.多発性の場合,結節は通常大小不同がある. リンパ系および間質性に散布した場合は間質性増殖パターンをとる.特徴的画像所見は辺縁不整で不鮮明な粗い気管支血管像である.通常は両側肺にほぼ均一にみえるが,下肺野でより明らかな傾向がある.隔壁線(KerleyのBライン)がよくみられる.しばしば両側性であるが,肺癌では異常影が一側肺や一葉に限局することがある.肺門縦隔リンパ節腫脹は胸部X線上20~40%の患者に,胸水は30~50%の患者にみられる.HRCT上も特徴的な所見(図7-12-6B)を呈し,正常肺構造を保持したうえでの小葉間隔壁や気管支血管周囲間質の肥厚がみられる.肥厚した小葉間隔壁は多角形の末梢性の線状影として認識され,しばしば結節状やビーズ状にみえる.この結節状の肥厚は肺水腫や間質性肺線維症ではみられないもので,これがあれば診断に結びつく可能性が高い.
2)質的診断
: 癌の病歴を有する患者では診断は容易である.ただし,実質性の結節を有する症例で原発性肺癌との鑑別が必要な場合は,経気管支生検や経皮的生検などで診断されることが一般的である.癌性リンパ管症が疑われる症例で原発巣が明らかでない場合には診断確定のために経気管支生検の適応となる.
治療
治療は,原発腫瘍の性質や薬の感受性で大きく異なる.原則としては,抗腫瘍薬が用いられるが,その場合は原発腫瘍に有効とされる薬剤を使用する.症状を緩和する目的で放射線治療が行われる.以下の条件が揃った場合には手術を行うことがある.①原発巣の腫瘍が治っている,②肺だけに転移がある,③全身状態がよい,④片方だけの肺に転移がある.癌種別では,大腸癌,腎癌,子宮癌,肝細胞癌,頭頸部扁平上皮癌などでは切除が検討される場合がある.一方,乳癌や肺癌で肺転移がある場合には,大半の場合他にも微小転移が存在しており切除による延命が証明されていないため,切除は一般的ではない.[中西洋一]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報