コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

竹沢 弥七(10代目)(読み)タケザワ ヤシチ

20世紀日本人名事典の解説

竹沢 弥七(10代目)
タケザワ ヤシチ

大正・昭和期の義太夫節三味線方



生年
明治43(1910)年9月12日

没年
昭和51(1976)年10月24日(?)

出生地
京都

本名
井上 一雄

別名
初名=竹沢 一雄,前名=竹沢 団二郎(2代目),竹沢 団六(7代目)

主な受賞名〔年〕
毎日演劇賞〔昭和26年〕,芸術祭賞〔昭和34年〕,芸術選奨〔昭和35年〕,日本芸術院賞〔昭和50年〕

経歴
大正6年竹沢弥七に入門し、竹沢一雄を名のって、7年京都竹豊座で初舞台。8年2代目竹沢団二郎を襲名したが、10年同座が閉場したため、12年6代目竹沢団六に預けられて大阪の御霊文楽座に入る。昭和11年新義座の結成に参加するが、13年文楽座に復帰し、7代目団六を襲名。11年以来8代目竹本綱太夫の相三味線をつとめ、以後コンビが44年まで続いた。その間の22年10代目弥七を襲名した。34年新橋演舞場で松本幸四郎らと歌舞伎文楽提携による「日向島」の試演を行ない話題となった。47年重要無形文化財保持者に認定された。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

新撰 芸能人物事典 明治~平成の解説

竹沢 弥七(10代目)
タケザワ ヤシチ


職業
義太夫節三味線方(文楽)

専門
人形浄瑠璃,三味線

肩書
重要無形文化財保持者(人形浄瑠璃文楽・三味線)〔昭和47年〕

本名
井上 一雄(イノウエ カズオ)

別名
初名=竹沢 一雄,前名=竹沢 団二郎(3代目),竹沢 団六(7代目)

生年月日
明治43年 9月12日

出生地
京都

経歴
大正6年9代目竹沢弥七(のち3代目竹沢藤四郎)に入門し、竹沢一雄を名乗って、7年京都竹豊座で初舞台。8年3代目竹沢団二郎を襲名したが、10年同座が閉場したため、12年6代目竹沢団六(のち6代目鶴沢寛治)に預けられて大阪の御霊文楽座に入る。昭和11年新義座の結成に参加するが、13年文楽座に復帰し、7代目竹沢団六を襲名。11年以来8代目竹本綱太夫の相三味線をつとめ、以後コンビが44年まで続いた。その間の22年10代目竹沢弥七を襲名した。34年新橋演舞場で松本幸四郎らと歌舞伎文楽提携による「日向島」の試演を行ない話題となった。47年人間国宝に認定される。作曲作品に、安藤鶴夫作「芸阿呆」、「女殺油地獄」の「豊島屋油店」の復曲などがある。

受賞
芸術選奨(第11回 昭35年度)〔昭和36年〕,日本芸術院賞〔昭和50年〕 紫綬褒章〔昭和46年〕 毎日演劇賞〔昭和26年〕,芸術祭賞(レコード部門 第14回 昭34年度)〔昭和35年〕

没年月日
昭和51年 10月24日(?) (1976年)

伝記
ふり蛙―新国劇70年あれこれ歌右衛門の疎開中村勘三郎楽屋ばなし 島田 正吾 著山川 静夫 著関 容子 著(発行元 朝日新聞社文芸春秋文芸春秋 ’88’87’87発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

367日誕生日大事典の解説

竹沢 弥七(10代目) (たけざわ やしち)

生年月日:1910年9月12日
大正時代;昭和時代の浄瑠璃三味線方
1976年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

関連語をあわせて調べる

今日のキーワード

鑑定留置

被疑者・被告人が精神障害などで刑事責任能力を問えない可能性がある場合に、精神・心身の状態を鑑定するため、被疑者・被告人を病院などの施設に留置すること。捜査機関が裁判所に請求し、認められた場合に、期限を...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android