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筧克彦 かけい かつひこ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

筧克彦 かけい-かつひこ

1872-1961 明治-昭和時代の法学者。
明治5年11月28日生まれ。36年母校東京帝大の教授となり,憲法学などを担当。古神道にもとづく「神ながらの道」を説き,天皇中心の国家主義をとなえて軍部の主張に理論的に寄与した。昭和36年2月27日死去。88歳。長野県出身。著作に「大日本帝国憲法根本義」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

かけいかつひこ【筧克彦】

1872‐1961(明治5‐昭和36)
公法学者,神道思想家。長野県生れ。1897年東大法科卒。ドイツに留学してギールケディルタイなどに学び,1900年東大助教授,03年教授として行政法,憲法,法理学などを講じた。上杉慎吉らの天皇制国家主義に同調し,古神道に基づく神ながらの道に帰依,教室でかしわ手をうつなど奇矯な言動で知られたが,天皇機関説論争に関しては,穂積八束の天皇主権説を国体に反する権力主義として批判した。著書は《大日本帝国憲法の根本義》(1936)など多数。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

筧克彦
かけいかつひこ
(1872―1961)

憲法学者。明治5年11月28日長野県に生まれる。東京帝国大学法科卒業後、同大学教授となり、憲法学、法理学、行政法を専攻。穂積八束(ほづみやつか)、上杉慎吉(しんきち)らの天皇主権説を継承し、神道的国家主義を主張した。かんながら(神道)憲法学派ともよばれる。彼は古神道・仏教の研究を経て、天皇の神格を信じ、現神(あきつかみ)である万世一系の天皇が治め給(たも)う大日本帝国が人類世界を統一し、支配するのが当然であることを説き、国家主義の立場にたつ憲法学者として、第二次世界大戦前には軍部、右翼の理論的支柱として活躍した。大戦中は「大政翼賛」「八紘一宇(はっこういちう)」を講じた。主著に『大日本帝国憲法の根本義』『古神道大義』『神ながらの道』『国家の研究』などがある。[池田政章]

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