精選版 日本国語大辞典 「箕作佳吉」の意味・読み・例文・類語
みつくり‐かきち【箕作佳吉】
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動物学者。津山藩医で洋学者箕作秋坪(しゅうへい)の三男として江戸に生まれる。数学者菊池大麓(だいろく)は実兄、史学者箕作元八(げんぱち)は実弟。慶応義塾、大学南校に学び、1873年(明治6)渡米、ハートフォード中学、レンサラー工科大学を経て、エール大学およびジョンズ・ホプキンズ大学で動物学を修めた。1881年、訪欧したのち帰国して東京大学に勤務、翌年日本人として最初の動物学教授となり、以後没するまでその職にあって、1886年に三崎臨海実験所を創設するなど、日本の動物学の発展に尽くした。カメの発生やナマコの分類の研究は世界的に著名であり、カキや真珠の養殖にも貢献した。1901~1907年まで東京帝国大学理科大学学長を務め、また女子教育にも熱心であった。著書に『通俗動物新論』(1895)、『普通教育動物学教科書』(1900)などがある。
[磯野直秀]
明治初期の動物学者。江戸末期蘭学者箕作秋坪の子として江戸に生まれる。慶応義塾,大学南校に学んだあと,1878年アメリカのイェール大学に留学。ついでジョンズ・ホプキンズ大学,さらにイギリスのケンブリッジ大学で動物学を身につけ帰国。82年,外国人教師C.O.ホイットマンのあとを受け,日本人として初めて東京大学動物学教授となり,1909年に死ぬまで,その職にあった。その間,ナマコの分類,カメの発生などの研究,あるいは三崎臨海実験所(神奈川県三浦市)の開設など,日本の近代動物学の基礎づくりに貢献した。また,19世紀末における俗流化した進化論を実証主義の立場から批判,そのために実験発生学を確立すべきことを主張した。東京帝国大学理科大学長などを歴任。主著に《通俗動物新論》《普通教育動物学教科書》などがある。
執筆者:鈴木 善次
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(磯野直秀)
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