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絵暦 えごよみ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

絵暦
えごよみ

(1) 文字の読めない直接生産者に季節を教えるためにつくられた絵の。たとえば,ケシの絵に濁点を打って夏至(げし)を表した。成立の時期は明らかでないが,岩手県旧南部領で保存されている田山暦と盛岡絵暦(南部暦)は天明年間(1781~89)のものという。
(2) 江戸時代に流行した絵入りの暦。毎年春に発行する暦のうち,月の大小を示すため判じ物風の趣向を凝らした版画。明和2(1765)年新春,狂歌師たちが大小絵暦の摺物交換会を開催。文人や好事家たちは絵暦の意匠をみずから描き,また絵師に描かせ,優れた彫師,摺師に技巧のかぎりを尽くさせて作品を競い合った。そのため絵暦における版画技術が急速に進歩し,木版画多色摺の錦絵の誕生に大きな影響を及ぼした。

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デジタル大辞泉の解説

え‐ごよみ〔ヱ‐〕【絵暦】

暦日を説明するために干支(えと)・暦神などの絵を加えた暦。絵入り暦。
文字を用いず絵と記号だけで暦日歳事などを表した暦。

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百科事典マイペディアの解説

絵暦【えごよみ】

絵や記号で記された暦。大小暦は旧暦の月の大小を絵で表現したもので,しだいに趣味化した。座頭暦とか南部暦と呼ばれる暦は,かつては〈盲暦〉ともいわれ,文字を知らない人間にもわかるように,江戸時代から奥州南部地方でつくられた。

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世界大百科事典 第2版の解説

えごよみ【絵暦】

絵や記号で暦象を記した暦。大小暦や南部盲暦(めくらごよみ)が代表であり,江戸時代の半ば以降に多く作られるようになった。大小暦は月の大小を種々の絵で奇抜に表現した暦で,貞享・元禄(1684‐1704)のころから作られ,1765年(明和2)以降急激に流行した。文人や浮世絵師などが意匠をこらした大小暦を木版刷りにして年始の回礼に贈答する風も行われ,実用からしだいに趣味娯楽のための暦になった。南部盲暦は盲暦,座頭暦ともよばれ,文字を知らぬ人にも理解できるように作られた絵暦で,田山暦と盛岡暦の2種類がある。

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大辞林 第三版の解説

えごよみ【絵暦】

文字の読めない庶民のために、絵でしるした暦。近世、南部藩のもの(南部暦)が著名。めくらごよみ。
絵のある暦。歳徳神としとくじん・金神こんじんなどの神像や、干支えと・星辰の吉凶を絵でしるしたもの。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

絵暦
えごよみ

文字を用いず絵で解説してある暦。文字を解さない人たちのためにつくられた一枚摺(ず)りのもので、江戸時代には各地にこの種の絵暦があった。判じ絵で農耕・養蚕などに必要な暦日を示した本格的な絵入り暦は、旧南部藩領の岩手県地方にみられ、「南部めくら暦」という。座頭(ざとう)(盲人)暦ともよばれる。
 たとえば賽(さい)の目で、それぞれの月を示し、それに十二支の動物を描いているのは、その月の朔日(ついたち)はなんの日ということをさしている。大の月は大刀、小の月は小刀で表しているほか、盗賊が荷を担いでいる図で「入梅(にゅうばい)」(荷奪い)を示していたり、鉢、重箱、矢を並べて「八十八夜」、罌粟(けし)に濁音符を加えて「夏至(げし)」と読ませているなど、判じ絵的な特色がある。この絵暦は、江戸時代天明(てんめい)(1781~89)以前に始まったとされ、寛政(かんせい)(1789~1801)版の『東遊記(とうゆうき)』(橘南谿(たちばななんけい))に紹介されたのが最初の文献という。現在のものの原型は、文化(ぶんか)(1804~18)初期にできた盛岡系で盛岡城下を中心に藩内に普及。明治期版行が中絶されたが、復刊されて以後も存続、県北、三陸地帯では実用暦に用いられ、民俗資料として貴重視される。[斎藤良輔]

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