改訂新版 世界大百科事典 「耐風設計」の意味・わかりやすい解説
耐風設計 (たいふうせっけい)
建築物の耐風設計で通常考慮される風は季節風と台風である。日本では台風の通路にあたっているために設計用風荷重も地震荷重と並んで世界有数のものである。
風は窓面を含む建物の外壁面に風圧力として作用する。風圧力の基本量は速度圧と呼ばれるもので,空気密度をρとし,風速をVとすると速度圧qはq=ρV2/2で表される(単位は工学単位)。常温における空気密度を用いれば,qは,およそ0.06V2(単位はkgf/m2,風速の単位はm/s)となる。風速を50mとすればq=150kgf/m2である。
外壁面に作用する風圧力Pは一般にP=Cqで表せる。係数Cは風圧係数と呼ばれ,建物の外形によってさまざまな値となるが,およそ,1.0>C>-2.0の範囲にある。Cの値は風洞実験により決められる。Cが負の場合は外壁が負圧を受けることになる。外壁は建物内部の構造骨組みにより支持されており,構造骨組みには風圧力の積分値(合力)が作用することになる。外壁面の強度を確保し,骨組みに伝わった風圧力の合力を安全に建物を支持する基礎地盤まで伝達させることが耐風設計の基本である。
設計風速は過去の観測記録に基づいて決定され,その値は地域によって異なったものになる。一般に風速は地表面からの高さが増すにつれて増大する。高さ方向の風速の変化は地形,樹木の有無,建物の稠密(ちゆうみつ)度などによって異なり,これらの条件を考慮して地上からの高さに応じた設計風速が具体的に定められる。
風圧力のほかに,建物自身が振動することによっても構造骨組みに力が作用する。超高層建築のようにゆるやかに振動する構造物では,風速の変動(風の息)により振動が生ずる。円筒形の構造物や,細長い構造物では,構造物周辺に規則的に発生する渦の作用や,構造物が振動を生ずることによる周辺の気流の変化により自励的な振動が起こる。この種の振動に対しては,振動の発生を抑制すべく建物形状を選択し,また,振動エネルギーを吸収するための有効な手段を講ずることが重要となる。風による振動現象を解明するためにも風洞実験が行われる。風洞内に実際の風(実風)に相似な風を再現し,数百分の1の縮小模型を用いて振動の発生機構,振動により構造骨組みに加わる力の量的評価がなされる。
建物自体の耐風安全性の問題とは別に,建物周辺の風害対策も耐風設計の一課題である。地表面に比べて建物頂部では風速が一般に大きくなることから,建物頂部付近の高風速の風が建物の外壁に沿って地上へ導かれることにより,高層建物の周辺では風害が生ずることがある。これに対しては,地上に防風林を設けるとか,低層部で建物を拡幅して高空風が直接地上に到達しないようにするなどの対策がある。
執筆者:秋山 宏
橋の耐風設計
土木構造物の中で強風に対する安全性の検討がもっとも重要となるのは,橋,とくに長径間でたわみやすいつり橋や斜張橋であり,耐風解析,耐風設計はこれらを対象としたものが圧倒的に多い。風が原因で橋に生ずる被害は,(1)静的風力の評価不足による転倒,滑動,(2)剛性の不足および不適当な断面形状の採用による空力弾性的不安定現象,(3)断面後流中に発生する渦による限定振動に大別できる。
(1)の被害としては,1879年に起こったスコットランドのテイ橋の事故が有名である。テイ橋は全長3km,85径間の鉄道橋であったが,最大風速33m/sに達したといわれる状況のもとで,13径間の主構とともに機関車と客車5両が川中に没し,75名全員が死亡する大惨事となった。風荷重を考えた設計,施工が行われている現在でも,施工中,架設中の不安定な状態では,十分な注意が必要とされる。(3)の被害は非流線形断面のまわりで風の流れが剝離することによる渦励振に起因するもので,気流直角方向の振動を伴うのが特徴である。この振動は一定限度以上には成長せず,特定の低い風速においてのみ発生するので,一般に構造物の全体的崩壊につながることはないが,部材の一部に疲労亀裂を発生させた例が報告されている。(2)の被害は自励振動によるもので,ある限界風速(発振限界風速)に至って発生すると,その後風速の上昇とともに振幅がしだいに増加し,ふつうの場合,振動がおさまることはない。この種の発散的振動現象が構造物に致命的影響を及ぼすことは,1940年のタコマ・ナローズ橋の落橋事故以来技術者の注目を強く引くこととなり,現在の耐風設計でも細心の注意が必要とされる問題である。
現在,長大つり橋などの耐風安定性の検討がとくに重要な構造物に対して行われる設計の考え方では,過去の観測資料などに基づき適切な設計風速を定め,仮定した断面構成をもとに空気力係数,設計風荷重を算定して静的な応力計算を行い,仮定断面模型に対する風洞実験により計算に用いた空気力係数の妥当性を検証する。これらが満足された設計案に対し,さらに風洞実験を実施して主として自励振動に対する安全性を確認する。もっとも危険な動的現象である自励振動の防止には,その発振限界風速を規定された風速以上に高めることが必要であり,このため必要に応じて剛性の増加や断面形状の改善が行われる。
執筆者:片山 恒雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報