内科学 第10版 「肝炎ウイルス関連腎症」の解説
肝炎ウイルス関連腎症(肝疾患と腎障害)
肝炎ウイルスは,現在までにA型,B型,C型,D型,E型肝炎ウイルスの5種類が確認されている.その他,G型肝炎ウイルス,TTV(transfusion transmitted virus),SENウイルスなどと肝障害の関連が示唆されている.その他,全身性のウイルス感染症の中でもEpstein-Barrウイルス,サイトメガロウイルス,単純ヘルペスウイルス(HSV-1),パルボウイルスB19などはしばしば肝障害を起こすことが知られている.これらのうち,B型肝炎では膜性腎症,C型肝炎では膜性増殖性腎炎を起こすことが知られており,また,A型肝炎にも腎障害を伴うとの報告がみられる.その他のウイルス性肝炎においては,特異的な腎病変は知られていない.
a.A型肝炎と腎障害(hepatitis A and the kidney injury)
A型肝炎に伴う糸球体病変は知られていない.劇症肝炎において急性腎不全を呈することはよく知られているが,まれに劇症型でないA型肝炎で急性腎不全を呈することがある.この場合尿中Na排泄率は通常1%以上で,腎性腎不全を示唆しており,腎の組織学的検索では急性尿細管壊死の所見が認められたものが多い.急性尿細管壊死を起こす機序については明らかではないが,ほかの肝炎と同様に発熱,悪心,嘔吐,下痢などによる循環血液量の減少やエンドトキシン血症,高ビリルビン血症,ヘモグロビン尿症やレニン-アンジオテンシン系の関与による腎血流量の減少などが関係していると考えられている.治療は血液透析や血漿交換が有効である.
b.B型肝炎ウイルス関連腎症(hepatitis B virus-associated glomerulonephritis)
概念
B型肝炎患者やB型肝炎ウイルスのキャリアに膜性腎症,まれに膜性増殖性腎炎を引き起こしB型肝炎ウイルス関連腎症とよばれる.B型肝炎と腎病変の関連については1971年CombesらがB型肝炎患者でネフローゼ症候群を呈した膜性腎症を見いだし,腎糸球体へのHBs抗原の沈着を報告したのが最初であり,その後,同様な報告が相次ぎ,現在では抗原が明らかになった代表的な腎炎の1つとされている.
病因
B型肝炎ウイルスとその抗体からなる免疫複合体による糸球体腎炎と考えられている.膜性腎症におけるHBs抗原の沈着については染まらないとの報告が多い.HBs抗原を含む免疫複合体の分子量は250万から360万と巨大であり,これが糸球体基底膜をすり抜けて上皮細胞下に沈着することは考え難く,膜性腎症におけるHBs抗原の関与については現在は否定的である.B型肝炎に伴う膜性腎症においてHBe抗原が腎糸球体に沈着していることや,HBe抗体がB型肝炎に伴う膜性腎症患者の腎糸球体から抽出されることから抗原としてHBe抗原が重要であると考えられている.HBe抗原を含む免疫複合体の分子量は25万と小さく流血中の免疫複合体がトラップされるにしても,また,はじめにHBe抗原(分子量3万から9万)が上皮下に沈着してその後in situで免疫複合体が形成されるにしても十分合理的である.
臨床症状
通常,ネフローゼ症候群を呈する.小児では肝機能異常を示すことは少ないが,成人ではトランスアミナーゼの上昇をみることが多い.血清補体価は正常値を示すが,血清免疫複合体は80%の例で高値を示す.肝機能に異常がなければ特発性の膜性腎症と区別できない.B型肝炎に伴う膜性腎症は成人には少なく,小児に多いとされ,小児の膜性腎症の50%以上はB型肝炎に伴うものとされていたが,ワクチンの普及により最近の発症は著しく減少している.
腎組織像
特発性の膜性腎症と同様であり,びまん性の糸球体係蹄壁の肥厚が認められる.蛍光抗体法では係蹄壁にIgGやC3の沈着が認められる.また,HBe抗原の沈着も証明されている(図11-6-15).電顕では特発性の膜性腎症と同様,基底膜の肥厚と基底膜上皮細胞下に沈着物が認められる.B型肝炎に伴う膜性増殖性腎炎ではHBs抗原やHBc抗原が糸球体経蹄壁やメサンギウム領域に沈着する.また,IgA腎症を示す場合も多く,この場合,HBe抗原の沈着はみられず,メサンギウム領域にIgAとともにHBs抗原の沈着がみられる.その他,膜性腎症とIgA腎症,膜性腎症と膜性増殖性腎炎の合併例なども報告されている.しかし,IgA腎症患者におけるHBs抗原の陽性率は健常者と差はなくIgA腎症におけるHBs抗原の関与は明らかではない.
診断
日本腎臓学会の診断の手引きでは血中HBs抗原やHBc抗体が陽性であることなどHBウイルスの感染を持続性に認め,いずれの組織像であってもHBウイルス関連抗原(HBe抗原,HBs抗原,HBc抗原のいずれか1つあるいは複数)が免疫グロブリン(主としてIgGやIgM)や補体成分とも同様の沈着パターンで糸球体へ沈着しているのが証明されればHBウイルス腎症と診断してよいとしている.また,HBウイルス関連抗原を糸球体に検出できなかった場合でもHBe抗原からHBe抗体へのseroconversionに伴い尿所見が正常化した症例もHBウイルス腎症と考えてよいとしている.
治療
B型肝炎ウイルス遺伝子にはglucocorticoid enhancement elementが存在するためステロイドにより直接的にウイルス複製が助長される.よって,ネフローゼに対するステロイドなどの免疫抑制療法は一般に推奨されず,肝炎が悪化し劇症肝炎となる可能性もあり注意を要する.ウイルス性肝炎の治療として,インターフェロンや核酸アナログ(エンテカビルやラミブジン)による治療を行う.B型肝炎に伴う膜性腎症はHBe抗原がseroconversionすれば病状は軽快することが多く,小児では自然寛解の報告もみられるが,成人の膜性腎症は必ずしも予後はよくなく,自然寛解はまれで,1/3の例は腎不全に進行したとの報告もみられる.
c.C型肝炎ウイルス関連腎症(hepatitis C virus-associated glomerulonephritis)
概念
1993年にJohnsonらがはじめてC型肝炎患者に膜性増殖性腎炎が起こることを報告し,C型肝炎ウイルス関連腎症といわれる.
病因
C型肝炎ウイルスとその抗体からなる免疫複合体による腎炎と考えられている.また,免疫複合体の形成にIgM型リウマトイド因子からなるクリオグロブリンの関与が指摘されており,C型肝炎ウイルスに感染したBリンパ球がポリクローナルやモノクローナルのIgMリウマトイド因子を産生することによりクリオグロブリンがつくられると考えられている.
臨床症状
通常,ネフローゼ症候群を呈する.70%の例でクリオグロブリン血症,低補体血症,リウマトイド因子を伴う.しかしクリオグロブリン血症を示唆する紫斑や関節炎などの症状を認めるのは半数以下である.血液中にC型肝炎ウイルス抗体やC型肝炎ウイルスRNAは全例で検出される.ほとんどの例で肝機能異常を認めるほか,慢性活動性肝炎や肝硬変の例も多い.
腎組織像
通常の膜性増殖性腎炎I型と同様であり区別できない(図11-6-16).従来,膜性増殖性腎炎と診断されてきた例の20〜60%はC型肝炎ウイルスが関係しているとされている.蛍光抗体法ではIgGやC3,IgMの沈着をみる.電顕では基底膜内皮下に沈着物を認めるほか,しばしば幅約20〜30 nmのクリオグロブリンの沈着も認められる(図11-6-17).膜性腎症を呈したとの報告もみられるが,C型肝炎ウイルスによるものかは明らかではない.免疫組織学的手法によるC型肝炎ウイルスの糸球体沈着の報告もされている.
診断
低補体血症,クリオグロブリン血症,肝障害が認められ,蛋白尿など異常尿所見が認められればC型肝炎ウイルス関連腎症である可能性はきわめて高い.しかし特発性の膜性増殖性腎炎と臨床的に区別することは困難でありC型肝炎ウイルス抗体を検索することが必要である.
治療
臨床試験による十分なエビデンスがなく,治療方法は確立されていない.一般的に,ステロイド薬に免疫抑制薬を加えた免疫抑制療法や血漿交換療法が行われ,尿蛋白の減少などが認められる.免疫抑制療法により,通常C型肝炎ウイルス量の上昇を認めるものの,そのときに一致して肝機能が悪化することは少ない.また,抗ウイルス療法によりC型肝炎ウイルスが消失すると病状も軽快することも少なくない.尿蛋白が中等量で腎機能低下を認めないあるいは軽度なものでは,インターフェロンとリバビリンを組み合わせた通常の抗ウイルス療法を行う.腎機能低下例では,インターフェロンの使用に伴う副作用も頻度が増すことが多い.腎機能予後については,ネフローゼ症候群の持続するもの,発見時に腎機能低下の認められる例は予後不良である.[山辺英彰]
■文献
Gines P, Schirer RW: Renal failure in cirrhosis. N Engl J Med, 361: 1279-1290, 2009.
Schena FP, Alpers CE:Membranoproloferative glomerulonephritis, dense deposit disease, and cryoglobulinemic glomerulonephritis. In: Comprehensive Clinical Nephrology (Floege J, Johnson RJ, et al ed), pp 675-683, Elsevier, St.Louis, 2010.
島田美智子,山辺英彰:腎障害をきたす全身性疾患-最近の進歩 ウィルス性肝炎.日内会誌,100: 1308-1312, 2011.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報