肥前節(読み)ひぜんぶし

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

肥前節
ひぜんぶし

江戸時代の浄瑠璃太夫江戸肥前掾が語った曲風。寛文延宝 (1661~81) 頃に江戸で流行した硬派の語り物 (金平節など) に対し,父杉山丹後掾から受継いだ柔らかみの多い,情味あふれる語り物を流行させたと考えられている。現在その風は残っていないが,のち門下の江戸半太夫から十寸見河東 (ますみかとう) を経て現行の河東節に伝わっていると思われる。

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大辞林 第三版の解説

ひぜんぶし【肥前節】

江戸浄瑠璃の一。寛文(1661~1673)頃、杉山肥前掾の語り始めた曲節。
歌舞伎の下座音楽の一。時代狂言で、武将の物語の間などに奏されるの手法を転用した大鼓・小鼓を加えた三味線曲。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

肥前節
ひぜんぶし

杉山肥前掾(すぎやまひぜんのじょう)が創始した浄瑠璃(じょうるり)の一派。江戸の浄瑠璃開祖といわれる杉山丹後掾(たんごのじょう)に、伊之助と名のる男子がいた。父の後を継いで堺(さかい)町で人形芝居を興行し、天下一江戸肥前掾藤原清政と称した。1660~70年代(寛文(かんぶん)、延宝(えんぽう)年間)その曲風が「肥前節」としてもてはやされたというが、どのような曲節か明らかではない。子の半之丞(はんのじょう)が2世肥前となり、また門弟から江戸半太夫(はんだゆう)が出て「半太夫節」をおこした。[倉田喜弘]

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精選版 日本国語大辞典の解説

ひぜん‐ぶし【肥前節】

〘名〙
江戸浄瑠璃の一派。寛文(一六六一‐七三)のころ江戸肥前掾藤原清政の語り始めたもの。
※随筆・本朝世事談綺(1733)三「江戸肥前節 長門太夫が弟子なり」
② 歌舞伎の下座音楽の一つ。時代物で武将の物語の間などに、大小鼓を伴って弾く合方(あいかた)の名称。
※歌舞伎・霊験曾我籬(1809)七幕「トきっと思ひ入れ。空を見ると、肥前節になる」

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世界大百科事典内の肥前節の言及

【江戸肥前掾】より

…1661年(寛文1)受領して江戸肥前掾藤原清政と名乗る。父の芸風をついだやわらかみのある語り口で肥前節として流行した。曲節の一部はのちの三味線音楽に〈肥前節〉として取り入れられている。…

【浄瑠璃】より

…この門人には虎屋喜元,虎屋寿徳などがあったが,寿徳は歌舞伎に出演した。丹後掾の長男の江戸肥前掾(肥前節)の弟子江戸半太夫(半太夫節),初世半太夫の弟子十寸見(ますみ)河東(河東節)などの浄瑠璃は劇場音楽からむしろ江戸通人の粋なお座敷音楽化した。肥前節,半太夫節,河東節を江戸節と総称する。…

※「肥前節」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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