下座音楽(読み)げざおんがく

精選版 日本国語大辞典 「下座音楽」の意味・読み・例文・類語

げざ‐おんがく【下座音楽】

〘名〙 歌舞伎せりふ劇の効果音楽。幕の開閉、人物の出入り、せりふその他の舞台演技の効果をあげるためのもの。唄、合方(あいかた)、鳴物(なりもの)が単独にまた相互に組み合わされて演奏される。下座。黒御簾(くろみす)陰囃子(かげばやし)

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デジタル大辞泉 「下座音楽」の意味・読み・例文・類語

げざ‐おんがく【下座音楽】

歌舞伎の効果音楽。合方あいかた鳴り物に大別され、三味線・笛・太鼓などを用い、舞台下手の黒御簾くろみすの中で演奏する。幕の開閉、人物の出入り、せりふその他の舞台演技の効果を上げるためのもの。陰囃子かげばやし

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改訂新版 世界大百科事典 「下座音楽」の意味・わかりやすい解説

下座音楽 (げざおんがく)

歌舞伎の演出に,効果,修飾,背景,伴奏音楽として,原則として舞台下手の板囲いをし上部の窓に黒いすだれをさげた〈黒御簾(くろみす)〉で演奏される歌舞伎囃子の通称。〈黒御簾音楽〉〈陰囃子〉(略して〈黒御簾〉〈陰〉とも)などの別称がある。ただし〈陰囃子〉は,狭義に,出囃子,出語りについて黒御簾の中で演奏される鳴物を意味することが多い。〈下座音楽〉は,昭和の初めごろから〈下座の音楽〉を熟語化していわれるようになったもので,これを職分とする〈囃子方〉は,ふつう〈下座音楽〉とはいわない。〈下座〉は〈外座〉とも記し,本来,舞台上手の役者の出入口〈臆病口〉の前の一角を指し,享保(1716-36)末期に上方も江戸もそこが囃子の演奏場所となり,そこで演奏される囃子を〈下座〉とも称するようになったところから〈下座の音楽〉〈下座音楽〉といわれるようになったもの。上手の下座が演奏場所となる以前は,初期歌舞伎以来,舞台正面奥に囃子方が居並んで演奏するのが通例であった。演奏場所が上手から下手の奥に移されたのは,江戸では文政(1818-30)から天保(1830-44)の間で,下手奥に移された後も,その場所を〈下座〉と呼んでいたという。さらに現行のような黒御簾の位置と形式になったのは安政(1854-60)ごろからである。一方,上方では,明治末期まで上手側舞台ばな寄りに設けられた結界(けつかい)の内側で演奏されており,その場所を〈下座〉とは称していなかった。したがって,〈下座音楽〉という呼称は,創始期以来の歌舞伎の囃子全般を指すには,必ずしも適切な用語ではない。

歌舞伎囃子の歴史は,歌舞伎と軌を一にして400年に近いが,今日の下座音楽のようにせりふ劇の演出にかかわる囃子は,野郎歌舞伎以後せりふ劇の発達にともない形成されたもの。元禄期(1688-1704)には囃子の用法もかなり進んでいたが,現行の〈下座音楽〉と本質的には変わらない曲種や用法がととのえられたのは享保末期で,めざましい発展をみるのは,江戸長唄の隆盛をみた宝暦(1751-64)以後である。そのころ囃子方が劇場に専属して創意工夫を加え,著しい進展を示し,化政期(1804-30)の音楽劇としての大成を経て,幕末から明治にかけての黙阿弥劇において,洗練された下座音楽の完成を見るに至った。現行の下座音楽は,黙阿弥時代の音楽演出を伝承したものである。

 下座音楽は,大まかに,唄,合方(上方では〈相方〉),鳴物の三つの曲種に大別される。唄は囃子方の長唄連中の唄方,合方は同じく三味線方,鳴物は同じく鳴物の社中(狭義の囃子方)の職分である。また,下座音楽の演出プランを立てることを〈附け〉といい,これを担当するのはベテランの囃子方で,これを〈附師〉という。附師は,演出プランを記帳した〈附帳〉を作成して芝居の稽古に臨む。また,黒御簾で演奏する際の指揮者に相当する立三味線を〈舞台師〉という。

三味線,四拍子(しびようし)(大小鼓,締太鼓,能管),大太鼓,竹笛(篠笛)を主奏楽器とし,このほか,胡弓,箏,尺八が用いられることもあり,また,〈鳴物〉の名称で総称される寺院・神社の宗教楽器,あるいは祭礼囃子や民俗芸能の楽器を採り入れた各種の打楽器管楽器が広く用いられ,その種類は,樽,みくじ箱,ビービー笛のような雑楽器を合わせると数十種類に及ぶ。

現行曲目は,唄,合方,鳴物を合わせると,優に800曲をこえる。そのうち,東京(江戸)の曲が約6割,上方の曲が約4割で,それぞれの特色が認められるのは,東西の歌舞伎が,相互の交流や影響関係をもちながらも,それぞれ独自な歴史を踏んできたことや,その背景である風土の違いによるものである。こうした下座音楽の曲目の分類は必ずしも容易ではない。〈唄〉は,〈素唄(すうた)〉の場合もあるがふつうは三味線の伴奏を伴う。特殊な演出効果をねらう〈独吟〉〈両吟〉の〈めりやす〉と,数人でうたわれる〈雑用唄(ぞうようた)〉に分けられる。地歌,長唄,端唄などの既存曲の一部をとったものが多いが,芝居のために作られた曲も多い。〈合方〉は,唄のない三味線曲で,これに唄が入る場合は〈唄入り〉という。合方は,地歌,長唄,端唄,義太夫などの一部の三味線の手をとったものと独自に作曲されたものに大別される。唄も合方も,用法によって各種の鳴物が加えられることが多い。〈鳴物〉は,楽器を単独または2種以上の組合せによって演奏される。一定のリズムで構成された曲目と,効果・描写音楽として見計らいで演奏される曲とに分けられる。前者はさらに,四拍子による能囃子を模したもの,祭礼囃子を模したもの,芝居独自に作調されたもの,演出に関係のない劇場習俗としての囃子などに分けられ,後者は,たとえば大太鼓による風や雨の音などである。下座音楽は,以上のような分類のほかに,演劇的機能・用法の面からの分類も考えられるが,単一の基準による類別は困難で,唄,合方は,一応主として用いられる演目が時代物か世話物かによって二大別し(実際は双方に用いられる曲が多い),さらに,場面,人物の動き,髪梳きなどの特殊な演出,音楽性などによって細かく分けてみることができる。〈歌舞伎〉の項目の用語集に若干の代表的な曲目例を挙げた。

演劇的機能・用法はきわめて複雑である。下座音楽は,各演目の幕明き,人物の出入り,居直り,人物のせりふ・立回り,特殊な演出(髪梳き,物着,濡れ場,殺し,縁切,セリ上げ,だんまりなど),場面転換,幕切れなどに演奏されるが,これを演出にかかわる基本的性格についてみると,幕明き,場面転換,幕切れでは,場面の情景や雰囲気を表し,人物の出入りやせりふでは,人物(役柄,俳優の格,個々の演技)本位につけられ,立回りその他の演出では,その演出全体に対して舞踊の地の音楽に類した性格でかかわり歌舞伎独特の様式美を強調する。こうした下座音楽の効用は,全般的に修飾音楽,効果音楽としての効用が中心となるが,照明の発達が見られなかった江戸時代には,観客の聴覚に訴えることにより,視覚的・心象的イメージを補う効果をあげていたことも考えられる。また,修飾音楽,効果音楽としてばかりでなく,伴奏音楽として技術的にかかわる面のある点にも注意しなければならない。動作につく囃子は,動き方,テンポに対して技術的にかかわり,せりふにつく合方は,せりふの内容に適合した旋律,音色,強弱,リズムが要求されるほか,声の調子やテンポに対して技術的に関連している。

儀礼囃子〉〈儀式音楽〉ともいい,演出には関係なく劇場の興行上の習俗として行われてきたものがある。現今ではかなり簡略化されてはいるが,序幕出演の俳優全員が楽屋入りしたことを知らせる〈着到シャギリ〉,芝居が一幕終わるごとに打ち囃される〈幕切れシャギリ〉,一日の終演を告げる〈打出し〉が打ち囃されている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「下座音楽」の意味・わかりやすい解説

下座音楽
げざおんがく

歌舞伎(かぶき)、寄席(よせ)などの伴奏音楽。

歌舞伎の下座音楽

舞踊などで演奏者が舞台に居並び観客の面前で演奏する出語りや出囃子(でばやし)に対するもので、演奏者は観客に姿を見せず、舞台下手(しもて)(客席から見て左)の「下座」とよばれる、黒塀で囲まれた場所の黒い御簾(みす)がかかった内側に隠れて演奏する。下座音楽のことを略して単に「下座」ともいい、黒御簾(くろみす)音楽ともよぶ。担当するのは原則として長唄(ながうた)連中に限られる。ほかの音楽と違って、長唄は謡物を主とし、囃子が付属しているため、劇の伴奏には好適だからといわれる。

 起源は明らかでないが、野郎(やろう)歌舞伎の初期には存在していたといわれ、幕末の河竹黙阿弥(もくあみ)の時代に現在の形が完成した。名称については、本来舞台上手(かみて)(右)奥の一角を「外座(げざ)」と称し、享保(きょうほう)(1716~36)末期には江戸でも上方(かみがた)でもそこが演奏の場所だったのが、やがて演奏される音楽の名にもなったもの。舞台機構の変化に伴い、花道での演技がよく見えるように、江戸では文政(ぶんせい)(1818~30)ころから下手奥に移され、安政(あんせい)(1854~60)ころには現在の場所になったが、上方では明治期まで上手で演奏されていた。

 下座音楽の使い方には、出囃子の必要に及ばない簡単な舞踊の地音楽として演奏される「踊り地」、俳優が長いしぐさを演じるときにしんみりした唄をおもに独吟で歌う「めりやす」などもあるが、もっとも多く使われるのは「陰(かげ)」とよばれる演奏である。陰の効用は大別して、開幕・閉幕・場面転換などのときに情景や雰囲気を表すもの、俳優の登場・退場のときに情緒を醸し出したり、その性格や心理を表すもの、演技中に台詞(せりふ)やしぐさを引き立てるものの三つに分けられる。演奏に使う楽器としては、三味線と大太鼓を基本として、四拍子とよばれる笛、小鼓、大鼓、太鼓のほか、楽(がく)太鼓、大拍子、羯鼓(かっこ)、本釣鐘(ほんつりがね)、銅羅(どら)、双盤(そうばん)、チャッパ、木魚(もくぎょ)、盤木(ばんぎ)、木琴(もっきん)、砧(きぬた)、拍子木、四つ竹など数十種があげられる。演奏の方法としては、唄だけの場合、三味線だけの場合(合方(あいかた))、これに唄が加わる「唄入り」の場合、あるいは前記の鳴物類が単独または組合せの場合、さらに唄・合方が加えられることなどにより、さまざまな種類がつくられる。現在使われる曲は、唄、合方、鳴物を含め800曲以上。そのうち江戸(東京)が6割を占める。時代物と世話物、それぞれ作品・場面によっていちおうの約束ができているが、同じ演目でも江戸と上方、あるいは俳優によって、異なる曲を使うこともあり、それが演出の型を構成する一要素になっている。いずれにしても、俳優が音楽にのって動いたり、台詞をいったりするとき、その巧拙によって役を生かしも殺しもするわけで、歌舞伎の演出にはきわめてたいせつな役目を果たす。

 上演に際して下座音楽の指定を考える人を「付師(つけし)」といい、音楽担当者のベテランがこれにあたる。その指定を記した帳面(普通、半紙二つ折り)を下座付帳、略して下座付という。

 なお、新派劇でも古典的な演目では下座音楽を使うが、近年はこれを指定することを「作調(さくちょう)」と称し、担当の演奏家たちが作調部とよばれることもある。

[松井俊諭]

寄席の下座音楽

高座下手の囃子部屋で演奏されるもので、女性の専門家が三味線を弾き、前座の落語家が太鼓、笛、鐘などで合奏する。下座のつとめは、まず芸人の登場・退場のときの囃子で、これを「出囃子」という。東京では昔は音曲か太神楽(だいかぐら)以外は出囃子はなかったが、1917年(大正6)落語睦(むつみ)会創立後、東西の芸人の交流が始まり、大阪の習慣が移入されて東京でも出囃子を使うようになった。出囃子は芸人によってそれぞれ決まった曲を使うのが普通である。下座はほかに、踊りの地、音曲の伴奏、太神楽・奇術・曲独楽(きょくごま)・紙切りなどの囃子をするが、その曲はきわめて多い。

 大阪では、大部分の噺(はなし)が音曲入りで、囃子の入る場面も厳密に決まっているため、下座はとくに重要である。出囃子も東京以上にやかましく、囃子を聞けば、二つ目が出るのか、真打が出るのかわかるようになっている。

 下座を担当する女性三味線弾きも近年は「囃子」とよばれるようになったが、しだいに後継者難が叫ばれるようになり、国立劇場では1979年(昭和54)の演芸場発足に伴い、寄席囃子の技芸者養成を実施している。

[松井俊諭]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「下座音楽」の意味・わかりやすい解説

下座音楽
げざおんがく

演出効果を高めるため,舞台下手の御簾 (みす) 内で演奏される歌舞伎音楽の総称。古くは外座と書き,黒御簾音楽,陰,御囃子 (おはやし) とも呼ばれる。初期の歌舞伎では,音楽演奏者もすべて舞台上に並んで演奏していたが,科白 (せりふ) 劇が発達するにつれ,しだいに舞台上から退いていき,出語・出囃子と称して舞台に姿を現すのは,舞踊劇などに限るようになった。下座音楽の役目は多岐にわたり,幕開き,人物の出入り,立ち回りの伴奏,場面の雰囲気を盛り上げる陰唄から,雨音・雪音の自然現象の描写まで,あらゆる場合にその効果を発揮している。使用する楽器も三味線をはじめ,鼓・笛などの能楽系のもの,釣鐘・銅鑼 (どら) などの金属器,木琴,四つ竹など多種多様である。

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世界大百科事典(旧版)内の下座音楽の言及

【歌舞伎】より

…黙阿弥の作品は,先輩の鶴屋南北の作風を受けながら,それとは質を異にする。黙阿弥は小団次との提携によって〈生世話〉の写生的作劇と演出をいっそう徹底させる一方,七五調の美しいせりふを朗々と歌い上げ,濡れ場,強請(ゆすり)場,責め場といった場面の描写を写生的に行う反面,清元の浄瑠璃や竹本の利用,さらには下座(げざ)音楽の多様化と頻用など,主情的な音楽劇風の演出を多用した点に特色がある。黙阿弥の作品には,市井の小悪党を英雄化して主人公としたものが多く,みずから〈白浪作者〉をもって任じていた。…

【囃子】より

…そうした歌舞伎の演出にかかわる音楽のうち,語り物(浄瑠璃)系の三味線音楽以外の音楽の総称が広義の囃子である。広義の囃子は,昭和に入ってから下座(げざ)音楽と通称されるようになった。舞台の陰で演奏される唄,合方,鳴物のほか,所作事の地の音楽として唄方,三味線方とともに囃子方が舞台に出て演奏する長唄の出囃子およびそれに合わせて舞台の陰で演奏される陰(かげ)囃子,演出には直接関係しないが,劇場習俗として打ち囃されるもの(儀礼囃子)などに分けられる。…

※「下座音楽」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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