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半太夫節 はんだゆうぶし

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

半太夫節
はんだゆうぶし

三味線音楽の節の名称。 17世紀の末頃,江戸の浄瑠璃太夫1世江戸半太夫が始めた。江戸肥前掾の肥前節に,祭文や説経の手を加え,柔らかみのある語り口を特色とした。弟子の1世十寸見 (ますみ) が河東節 (かとうぶし) を始めてから,その節は河東節に移され,幕末には伝承する人も絶えたが,江戸の長唄をはじめ,他の邦楽に与えた影響は大きい。

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デジタル大辞泉の解説

はんだゆう‐ぶし〔ハンダイフ‐〕【半夫節】

浄瑠璃の一。貞享(1684~1688)ごろ、江戸の太夫江戸半太夫が創始。江戸中期に流行したが、のち河東節に押されて衰えた。江戸節。

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世界大百科事典 第2版の解説

はんだゆうぶし【半太夫節】

三味線音楽の一種目。初世江戸半太夫(?‐1743)が始めた曲節。貞享・元禄(1684‐1704)のころに流行した。《松の葉》(1703),《若緑》(1706),《松の落葉》(1710)などによると,当時上方では,江戸を代表する浄瑠璃として,盛んに演奏されており,肥前節(江戸肥前掾),河東節とともに江戸節ともいわれた。その曲節は主として弟子の初世十寸見河東(ますみかとう)をへて河東節に伝わったが,その他の三味線音楽にも〈江戸〉または〈江戸がかり〉として,優雅で淡泊な雰囲気を出すときに使われている。

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大辞林 第三版の解説

はんだゆうぶし【半太夫節】

江戸浄瑠璃の一。江戸半太夫が貞享(1684~1688)頃、江戸で語り始めたもの。優美な語り口で流行した。現在、多くの曲が河東節に吸収され伝えられる。江戸節。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

半太夫節
はんだゆうぶし

江戸浄瑠璃(じょうるり)の一流派。江戸半太夫(?―1743?)が貞享(じょうきょう)(1684~88)ごろに創始した。肥前(ひぜん)節、半太夫節、河東(かとう)節をあわせて江戸節と総称される。初世半太夫は幼名を半之丞(はんのじょう)といい、修験者(しゅげんじゃ)の子で説経祭文(さいもん)の巧者であったが、江戸肥前掾(ひぜんのじょう)に勧められてその門弟となり、肥前節に虎屋永閑(とらやえいかん)の永閑節を加味し、和らげて一流を編み出し、薩摩浄雲(さつまじょううん)以来の名手とうたわれた。元禄(げんろく)年間(1688~1704)がその最盛期で、操座(あやつりざ)をおこし、座敷浄瑠璃を主として歌舞伎(かぶき)芝居にも出演し、正徳(しょうとく)(1711~16)のころに坂本梁雲(りょううん)と改名した。上方(かみがた)でも吾妻(あづま)浄瑠璃とよばれ、永閑節、土佐(とさ)節などと並び、とりわけもてはやされて流行し、今日でも地歌に半太夫物として楽曲の一部が残されている。
 なお2世は初世の二男半次郎が継いだ(長男宮内説もある)。高弟の天満屋藤十郎が、江戸太夫河東を名のった1717年(享保2)以降はその人気に押されて衰退し、半太夫の名も7世を数えたが幕末には消滅し、半太夫の語物は河東節のなかに包含されて今日まで継承されている。[林喜代弘]

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世界大百科事典内の半太夫節の言及

【江戸節】より

…三味線音楽の分類用語。大坂の義太夫節,京都の一中節に対していわれた言葉で,肥前節(江戸肥前掾),半太夫節河東節をいうが,主として半太夫節を指す。それぞれの流祖が姓に〈江戸〉を用いたことにちなむが,概して優雅で淡白な味を特色とする。…

【浄瑠璃】より

…この門人には虎屋喜元,虎屋寿徳などがあったが,寿徳は歌舞伎に出演した。丹後掾の長男の江戸肥前掾(肥前節)の弟子江戸半太夫(半太夫節),初世半太夫の弟子十寸見(ますみ)河東(河東節)などの浄瑠璃は劇場音楽からむしろ江戸通人の粋なお座敷音楽化した。肥前節,半太夫節,河東節を江戸節と総称する。…

【十寸見河東】より

…本名を伊藤藤十郎と伝える。江戸日本橋魚商の子で初世江戸半太夫の門に入り,半太夫節に手品節,式部節などを加えて1717年(享保2)春,江戸市村座で《松の内》を語って一派を樹立した。高弟に河丈(2世河東,?‐1734),河洲(3世河東,?‐1745)があり,初世山彦源四郎と河東節を完成させた。…

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