妊娠中の女性の精神修養によって胎児によい影響を与えようとする教育。胎児の発育は妊婦の心身の状態と不可分であるから,時代と地域とを問わずおのおのの社会は妊婦が注意すべき事項を定めている。未開社会においては妊婦の禁止事項がことわざによって伝えられる場合が多い。アリストテレスおよびプラトンは,胎児の健全な発育のためには妊婦に適度な運動と精神の平静が必要であり,周囲がそのように配慮すべきことを説いている。一方,前漢時代の中国では,優秀な子を生むためには妊婦の修養が必要であるという思想が生まれ,この修養が,すなわち胎児に施す教育であるという意味で〈胎教〉と呼ばれた。《賈誼新書》《列女伝》などにみられるその内容は,立居振舞を正しくし,見るもの,聞くもの,口から出る言葉すべてを慎み,食物に気をつけることなどであるが,流産・早産に対する予防的効果はもったと考えられる。中国の胎教思想は日本へは6~8世紀ころから医書により部分的に伝来した。丹波康頼著《医心方》(984成立)では,〈妊婦脩身法〉の一部に《列女伝》の胎教と同じ内容が記されているが,胎教という語は使用されていない。胎教が重要な心得として説かれるのは江戸時代である。稲生恒軒《螽(いなご)草》,中江藤樹《鑑(かがみ)草》など,主に儒者の書に見られる。《列女伝》《小学》からの引用がほとんどだが,〈孕婦(はらみおんな),火事を見れば赤紋(あかあざ)有る子を生み〉といった言い伝えも含まれていた。明治以降,西欧医学の移入により,医学的方面からは顧みられなくなった。大正期ころから,胎教を中国伝来の思想に限定せず,妊婦の精神衛生と胎児の発育という関係に広げてとらえ直そうという動きがあらわれたが,今日的観点からすれば,これに〈胎教〉という語をあてはめるのは不適当であろう。今日では,放射線,薬,アルコール,タバコなどが胎児の発育を害することが問題になっており,これらは胎児の環境としての母体という観点からとらえられている。
執筆者:中江 和恵
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妊婦が精神修養を行うことによって胎児によい影響を与えようとする思想をいう。古来、先天異常に対する外因の一つとして精神的要因が広く考えられてきた。たとえば、受胎時における両親や妊娠中の母親の精神的印象がそのまま胎児に反映するとか、母親の精神的ショックなどのストレスが胎児の形態異常発生に関係するといった考え方である。これを西洋ではmaternal impression(胎内感応)といい、中国や日本では儒教と結び付いて胎教とよばれたわけである。
母体と胎児は臍帯(さいたい)(へその緒)でつながっているが、これには血管はあっても神経が見当たらない。したがって、母体の脳細胞の働きが胎児の脳細胞に直接影響するとは考えられない。母親がにわか勉強しても胎児の頭がよくなることとは無関係であり、科学的にはまったく根拠のないものが少なくない。しかし、妊娠中は精神状態が不安定になりやすく、喜怒哀楽が激しくなることは知られており、強度の精神感動が血液成分に変動をもたらし、これが臍帯の血管を通して胎児に影響を与えることは十分に考えられるわけである。無益な迷信は排斥すべきであるが、胎教本来の趣旨を善用して精神の平静を守ることは必要であり、周囲の協力も忘れてはならない。
[新井正夫]
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