デジタル大辞泉
「胸水」の意味・読み・例文・類語
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きょう‐すい【胸水】
- 〘 名詞 〙 肋膜炎のため肋膜腔にたまった水分。〔医語類聚(1872)〕
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胸水(症候学)
定義・概念
胸水は,胸腔に存在する液体で,0.26 mL/kg程度(10~20 mL)存在している.胸膜は肺表面と胸壁の内面を覆う漿膜で,前者を臓側胸膜,後者を壁側胸膜とよぶ.2枚の胸膜は連続しており肺門部で翻転して胸膜腔(胸腔)をつくる.胸水の存在は呼吸に伴う肺と胸壁の滑らかな滑走を支える潤滑油の役割を果たしている.胸膜表面は一層の中皮細胞で覆われる.中皮細胞は微絨毛を有する厚さ1~4 μmの扁平な細胞で,マクロファージへの分化,細胞外マトリックスやサイトカインの産生,線維芽細胞の誘導,凝固線溶系の調節,などの多彩な機能を発揮する.
胸水の産生と吸収の病態生理
1)生理的状態における胸水:
生理的状態では,胸水は壁側胸膜の毛細血管から産生され,壁側胸膜のリンパ系から吸収される.胸水の産生は,Starlingの法則に示されるように,毛細血管と胸腔との静水圧較差と膠質浸透圧較差のバランスにより規定されている(図2-27-1).
Qf =胸腔への水の動き,Lp=膜の濾過係数・水硬伝導率,A=膜の表面積,Pcap=毛細血管の静水圧,Ppl=胸膜の静水圧,σd=膜の巨大分子通過を制限する力,πcap=毛細血管の膠質浸透圧,πpl=胸膜の膠質浸透圧.
生理的状態での胸水は,蛋白濃度が低いことを除けば基本的組成は血清と類似している.したがって胸腔液の膠質浸透圧は毛細血管内のそれより低く,また,胸腔内圧は陰圧であるため(重力や肺のひずみの影響で肺尖部と肺底部で約7 cm H2Oの差がある),壁側胸膜を介した胸腔への水分の動きが生じる.一方,臓側胸膜の毛細血管の静水圧は,壁側胸膜のそれよりも約6 cm H2O少ない.これは,臓側胸膜の毛細血管は肺静脈へ注ぐためである.これのみが,臓側と壁側で違う要素であり,この違いのため臓側胸膜を介した圧差は0となるため臓側胸膜を介した正味の水の動きはないと考えられる.また,臓側胸膜のLp(膜の濾過係数・水硬伝導率)は壁側胸膜のLpより実際には小さいと考えられる.というのは,臓側胸膜は壁側胸膜より厚いため,血流は壁側胸膜側に比べてより離れて分布しているためである.胸膜を介した水の動きは,場所によっても違うし,呼吸の影響も受ける.たとえば,肋骨に面した壁側胸膜は肋間の壁側胸膜より水をより多く産生し,呼吸数が増えるとより多く産生される.
胸水は壁側胸膜のリンパ管小孔(lymphatic stoma,胸腔に開口している直径2~10 μmの小孔)から吸収される.臓側胸膜にはリンパ小孔はない.ここから胸水中の蛋白,水,細胞がリンパ管を介してクリアランスされる.
2)胸水の貯留する病態:
壁側胸膜のリンパ管系の排液能力には大きな個人差があり,20~500 mL/時とされ,一般に胸水産生スピードの約20倍のクリアランス能力があると考えられている.一方,肺間質には,20 mL/時のリンパ流があると推定される.何らかの要因により胸水の産生と吸収のバランスが崩れると,胸水が貯留する(表2-27-1).静水圧上昇,膠質浸透圧低下(血清蛋白の低下あるいは胸水中蛋白質濃度増加),毛細血管透過性亢進,は産生増加をもたらし,全身の静脈圧の上昇やリンパ管の閉塞は吸収低下をもたらす.
胸水の産生オリジンは,多くの病態では肺の間質由来と考えられている.透過性亢進型肺水腫でも肺血管圧上昇型の肺水腫でも,間質に水腫が生じてから胸腔に水が流出してくる.すなわち,肺血管外間質の水分量が一定の閾値をこえて上昇した場合に,胸水が生じると考えられている.最近は,低蛋白血症のみでは胸水産生の原因にはならないと考えられている.
診断
1)存在診断:
胸部X線写真により胸水はX線透過性の低下した領域として描出される.胸水は流動性があるため,重力の影響を受けて胸腔内で低い部位に移動する.立位胸部単純写真では肋骨横隔膜角の鈍化(正面像),肋骨脊柱角の鈍化(側面像),側臥位像(decubitas view)による胸水貯留像の移動,などが診断に有用である(図2-27-2).少量の胸水を診断するには,超音波検査が有用である.一定量の貯留がないと身体所見で診断することは難しいが,打診では胸水貯留部位は濁音,その上部は鼓音となる.聴診では,胸水貯留部では呼吸音が減弱し,声音振盪も減弱する.
2)漏出性胸水と滲出性胸水の鑑別:
胸腔穿刺により胸水を採取し,その性状,生化学的検査所見により原因診断を行う.胸水が少量の場合には,超音波ガイド下に穿刺・採取することができる. まず,胸水と血清中の蛋白質とLDHを測定し,漏出性胸水か滲出性胸水か,を決定する(図2-27-3).①胸水/血清 蛋白比>0.5,②胸水/血清 LDH比>0.6,③胸水LDH>血清上限値の2/3は,Light診断基準とよばれ,どれも満たない場合には漏出性胸水(transdative pleural effusion)と診断する.どれか1つでも満たしていれば滲出性胸水(exudative pleural effusion)である可能性がある.漏出性胸水は炎症によらない胸水で,心不全,低蛋白血症(肝硬変やネフローゼ症候群)が最も一般的な原因である.通常,両側性が多いが,一側性胸水では右側が多い.一方,滲出性胸水は炎症による胸水で,多種類の原因疾患がある(表2-27-2).
3)滲出性胸水の原因の鑑別:
a)胸水の外観:外観を評価することにより,膿胸,血胸,乳び胸などの診断が可能である.
ⅰ)膿胸:細菌感染による胸膜炎の際には肉眼的に膿性の胸水となる.嫌気性菌による膿胸では腐敗臭がする. ⅱ)血胸:悪性腫瘍,肺梗塞,その他の炎症による胸膜炎で血液の混入した血性胸水を認めるが,胸水中のヘマトクリット値が末梢血液の50%以上である場合を血胸という.外傷による場合が最も多いが,自然気胸に際して壁側胸膜癒着部の血管断裂に伴い生じることもある. ⅲ)乳び胸:乳びはミルク様のリンパ液を指し,腸管から吸収された脂肪成分(カイロミクロン)を豊富に含み胸管へ還流する.何らかの原因により胸腔に乳び液が貯留した状態を乳び胸とよぶ.食道癌や肺癌の手術操作に伴う胸管損傷により起こることが多い.基礎疾患としては,悪性リンパ腫が多い.そのほかに,リンパ脈管筋腫症ではLAM細胞の増殖に伴うリンパ管機能障害・閉塞などにより生じる.
b)細胞数や分画:好中球優位の場合には急性炎症,あるいは細菌感染を示唆する.結核性胸膜炎はリンパ球優位な胸水であることが特徴であるが,急性期には好中球優位である.リンパ球優位な胸水は一般に慢性炎症を示唆し,癌性胸膜炎,膠原病に伴う胸膜炎などがある.好酸球が増加している場合には,Churg-Strauss症候群,薬剤性胸膜炎,寄生虫疾患などがある.頻回の胸腔穿刺や胸腔内への空気の混入でも好酸球増加を認める.
c)グルコース:胸水中のグルコースはルーチンに測定するべきで,<60 mg/dLの場合には,肺炎随伴性胸水,癌性胸膜炎,結核性胸膜炎,関節リウマチ,の4疾患のうちのどれかである可能性が高い.
d)細胞診:癌性胸膜炎の診断には必須である.胸水中の腫瘍細胞数が少ないと正診率が減少する.多量の胸水から細胞成分を遠心分離しセルブロックを作成すると正診率が向上する.リンパ腫では正診率が低いことが多い.
e)細菌学的検査:感染性疾患を疑う場合には,塗抹Gram染色,培養(好気性,嫌気性)を行う.結核性胸膜炎を疑う場合には,陽性率は高くないが抗酸菌検査(塗抹,培養,遺伝子検査)を行う.
f)生化学的検査:
ⅰ)ADA(アデノシンデアミナーゼ):結核性胸膜炎の診断に有用である.ADA>45~60 U/Lであれば結核性胸膜炎の可能性が高い. ⅱ)アミラーゼ:膵炎に伴う胸水ではP型アミラーゼの上昇,食道破裂でみられる胸水では唾液の混入によりS型アミラーゼが上昇する.悪性腫瘍でもときにアミラーゼ産生腫瘍を経験するが,S型アミラーゼであることが多い. ⅲ)腫瘍マーカー:癌性胸膜炎では胸水中の腫瘍マーカーが増加する.血清中より6倍以上高値であると診断的意義が高いとされる. ⅳ)ヒアルロン酸:>100 μg/mLあると悪性中皮腫の可能性がある.しかし,上皮型以外では上昇しない. ⅴ)ネオプテリン:尿毒症性胸水の場合>200 nmol/Lと高値を示す.
4)胸膜生検:
結核性胸膜炎や悪性中皮腫の診断確定に胸膜生検が有用な場合がある.しかし,ブラインドで生検するため,病変を視認して生検可能な胸腔鏡下生検に比べ診断率は高くない.最近は,あまり実施されなくなっている.
5)胸腔鏡下生検:
病変を視認して生検可能であるため診断率の高い検査法である.侵襲度が大きいが,局所麻酔下でも施行可能であるため普及してきている.[瀬山邦明]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報
胸水 (きょうすい)
hydrothorax
胸膜腔内に存在する液体。正常人でも少量(約10ml)存在し,肺の呼吸運動の際の壁側胸膜と臓側胸膜との間の潤滑油の役割を果たしていると考えられている。種々の病気によって胸水は増加するが,そのときの液の性状によって漏出液と滲出液に大別される。漏出液は黄色透明の液体で,その比重は1.015以下,タンパク質含有量3.0g/dl以下で細胞成分も少ない。心不全,肝硬変,腎疾患などによる全身性浮腫の一部分症状としてみられる場合が多い。また,卵巣繊維腫などの骨盤内腫瘍で漏出性胸水を伴うことがあり,メイグス症候群Meigs syndromeと呼ばれる。滲出液は種々の胸膜炎や膿胸においてみられる胸水で,その原因によって外観は黄色透明~混濁,膿性,血性などさまざまであるが,一般に比重は1.018以上,タンパク質含有量3.0g/dl以上と,漏出液に比べ,高比重,高タンパク質であり,細胞成分も多い。その他,胸水にリンパ液が混じり,脂肪分の多い特有のミルク色を呈することがあり,乳糜(にゆうび)胸水と呼ばれる。乳糜胸水は外傷や腫瘍などにより,胸管や胸郭内リンパ管が損傷・閉塞された場合に生ずる。
執筆者:龍神 良忠
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
きょうすい【胸水】
正常の状態でも、胸膜腔(きょうまくくう)にはごく少量の胸水が存在します。胸水は、毛細血管(もうさいけっかん)から水分がしみ出しやすくなったり(血管透過性の増大)、毛細血管内の圧が高くなったり、血液中のたんぱく質などの量が減るとその量が増えます。
胸水は、毛細血管内圧の上昇や血液中のたんぱく質が減る低たんぱく血症などでおこる(非炎症性の)濾出性胸水(ろしゅつせいきょうすい)と、血管から水分がしみ出しやすくなる、炎症が原因の滲出性胸水(しんしゅつせいきょうすい)に分けられます。
濾出性胸水は、胸水の産生や吸収に関する全身的な要因からおこることが多く、もっともよくみられるのは、心不全(しんふぜん)による胸水です。ついで肝硬変(かんこうへん)、ネフローゼ症候群などが原因としてあげられます。
滲出性胸水をおこす代表的な病気には、がん、細菌性肺炎、結核性胸膜炎、膠原病(こうげんびょう)などがあります。
出典 小学館家庭医学館について 情報
世界大百科事典(旧版)内の胸水の言及
【胸膜】より
…呼吸に際して胸郭が大きさをかえるとき,2枚の胸膜が滑りあいながら,肺は膨らんだり縮んだりする。胸膜に炎症が起こったり,心不全などの場合には,胸膜腔に大量の水がたまる(胸水)。[胸膜炎]のあと,2枚の胸膜が癒着したりすると,肺の伸縮運動がうまく行えなくなるため,肺活量の減少が起こる。…
【胸膜炎】より
…[胸膜]に起こる炎症で,肋膜炎ともよばれ,胸膜腔内に滲出液([胸水])が貯留する。滲出液が膿性の場合には[膿胸](または化膿性胸膜炎),血性の場合には血性胸膜炎とよばれる。…
※「胸水」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」