能登町(読み)のとまち

日本歴史地名大系 「能登町」の解説

能登町
のとまち

[現在地名]福井市足羽あすわ一丁目

久保くぼ町から南に延びて上立屋かみたちや町に通じる町で、西裏側は横屋よこや町。男大迹王(継体天皇)が夢告によって能登海岸で大穴持神像を得、羽咋はくい(現石川県)に奉斎していたが、孝徳天皇の代に神官馬来田善範が神勅によって神像をここに移して社殿造営、以後足羽あすわ神社の祭礼には神輿の神幸が例とされた。天正年間(一五七三―九二)の兵火の際同社を足羽神社境内に移したが、この神社旧地を能登町と称したという(福井市史)


能登町
のとちよう

2005年3月1日:鳳至郡柳田村能都町珠洲郡内浦町が合併し、鳳珠郡能登町となる
【柳田村】石川県:鳳至郡
【能都町】石川県:鳳至郡
【内浦町】石川県:珠洲郡

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「能登町」の意味・わかりやすい解説

能登〔町〕
のと

石川県北部,能登半島東岸から奥能登丘陵に広がる町。2005年能都町,柳田村,内浦町が合体して能登町となった。海岸部では漁業が盛んで,宇出津鵜川といった内浦を代表する漁業集落があり,ブリの定置網漁(→定置網),サケ,マス,イカ釣り漁業が盛ん。町野川,松波川などの河川流域では米作,芋,豆,蔬菜栽培が行なわれるほか,丘陵地ではシイタケ,クリ,ブルーベリーが栽培される。奥能登の山あいでは豊かな森林資源を利用して用材,薪材,木炭などが生産される。沿岸部の大半は能登半島国定公園に属し,九十九湾恋路海岸といった景勝地に恵まれている。松波には畠山氏ゆかりの松波城跡万福寺がある。真脇遺跡は国の史跡農耕儀礼である「奥能登のあえのこと」(→あえのこと),正月行事の「能登のアマメハギ」は国の重要無形民俗文化財。国道249号線が海岸沿いを走り,珠洲道路が内陸部を通る。面積 273.27km2。人口 1万5687(2020)。

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