膵臓がん(読み)すいぞうがん(英語表記)pancreatic cancer

共同通信ニュース用語解説 「膵臓がん」の解説

膵臓がん

膵臓すいぞうがん 血糖値を調節するインスリンなどを分泌する膵臓にできるがん。治りにくいがんの代表格とされ、年間3万人以上が死亡する。発症する割合は60歳ごろから増加し、高齢になるほど高い。早い段階では特徴的な症状がない。膵臓は胃や肝臓などに囲まれているため、超音波やエックス線による診断も難しく、診断された時点で進行していることが多い。近年増加傾向にあり、喫煙や糖尿病などが危険因子とされている。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「膵臓がん」の意味・わかりやすい解説

膵臓がん
すいぞうがん
pancreatic cancer

定義

膵臓に発生するがん(悪性腫瘍(しゅよう))。膵臓は胃の裏側に位置する左右に細長い臓器で、膵頭部、膵体部、膵尾部に分かれ、膵頭部は十二指腸、膵尾部は脾臓(ひぞう)に接している。膵臓には消化酵素(アミラーゼトリプシン、リパーゼなど)を含む膵液を産生し、膵臓内部に張り巡らされている膵管を通して十二指腸に分泌する外分泌機能と、血糖値を調節するインスリンやグルカゴンソマトスタチンなどのホルモンを産生し、血中に分泌する内分泌機能の二つの働きがある。膵臓がんはその90%以上が膵管上皮に発生し、膵臓がんといえば一般的に膵管がんをさす(通常型膵臓がん)。手術による切除が根治の手段となるが、膵臓は胃の裏側の深部にあることなどから早期発見がむずかしく、手術可能なケースは一部にとどまり、また術後の再発率も高い。膵臓周囲の脈管(動脈・門脈など)への浸潤や、周囲のリンパ節や肝臓、肺などへの転移を伴う場合、手術による治療がむずかしいと判断される。胃や大腸などと異なり、膵臓には臓器を覆う筋肉の層(筋層)などの構造がないことから、がん細胞が膵臓外に浸潤しやすく、多くは周囲に浸潤あるいは転移した状態で発見される。

[渡邊清高 2020年3月18日]

疫学・病因(危険因子)

統計

日本において2017年(平成29)に膵臓がんで死亡した人は3万4224人である。このうち男性1万7401人、女性1万6823人で、それぞれがん死亡全体の7.9%、11.0%を占めている。部位別にみると、肺がん、大腸がん、胃がんに次いで第4位(男性第5位、女性第3位)の死亡数となっている。死亡数の年次推移は男女とも増加傾向にあるが、人口の高齢化の影響を除き、一定の年齢構成に調整した数値を比較する年齢調整死亡率は近年横ばいである。年齢階級別の死亡率は男性では50歳以降、女性では55歳以降大きく上昇し、高齢になるほど高くなる。60歳代以降は男性が女性より顕著に高い。

 2014年の膵臓がんの罹患(りかん)数(全国推計値)は3万6156人である。男性1万8745人、女性1万7411人で、それぞれがん罹患全体の3.7%、4.7%を占めている。部位別の罹患数をみると、男性では胃がん、肺がん、大腸がん、前立腺(せん)がん、肝臓がん、食道がんに次いで第7位、女性では乳がん、大腸がん、胃がん、肺がん、子宮がんに次いで第6位となっている。罹患数の年次推移は男女とも増加傾向にあるが、人口の高齢化の影響を除き、一定の年齢構成に調整した数値を比較する年齢調整罹患率は、男性では増加、女性では横ばいである。年齢階級別の罹患率は男女とも55歳以降大きく上昇し、高齢になるほど高くなる。60歳代以降は男性が女性より顕著に高い。膵臓がんの罹患数と死亡数の数字が近いことは、この疾患の生存率が低く、治療がむずかしいがんの一つであることを示唆している(データ出典:国立がん研究センターがん対策情報センター)。

[渡邊清高 2020年3月18日]

要因(危険因子)

膵臓がんの危険因子には自身の基礎疾患として糖尿病(膵臓が産生・分泌するインスリンの作用不足による慢性の高血糖状態を主徴とする代謝疾患群)や慢性膵炎、膵管内乳頭粘液性腫瘍、膵嚢胞(のうほう)、肥満など、嗜好(しこう)として喫煙や大量飲酒など、家族歴として親子・兄弟姉妹の膵臓がんや遺伝性膵臓がん症候群〔遺伝性膵炎(同一家系に2世代以上にわたり複数の膵炎患者が存在し、若年発症で胆石やアルコールの関与がない膵炎)、家族性大腸腺腫症、リンチ症候群、ポイツ・イェーガース症候群(ポイツ‐ジェガース症候群)、家族性異型多発母斑(ぼはん)黒色腫症候群、遺伝性乳がん卵巣がん症候群〕などが知られている。金属加工油剤などに用いられる塩素化炭化水素への曝露(ばくろ)も危険因子である。また、ABO式血液型の非O型やヘリコバクター・ピロリ感染者で膵臓がんリスクが高いなどの報告もある。

 おもな危険因子による膵臓がんリスクの上昇は、糖尿病で1.94倍、慢性膵炎で4.8~14.6倍、肥満で3.5倍(男性)、喫煙で1.68倍、大量飲酒で1.22倍、遺伝性膵炎で60~87倍、塩素化炭化水素への曝露で2.21倍などと算出されている。

 世界がん研究基金(WCRF)とアメリカがん研究協会(AICR)による2012年の報告では、膵臓がんに関連する食物・栄養・身体要因として、「肥満」が「確実(convincing)」、「成人期の高身長」が「可能性が高い(probable)」、「赤肉(牛・豚・羊など)、加工肉、大量の酒、フルクトース含有食品・飲料、飽和脂肪酸含有食品の摂取」が「可能性がある(limited-suggestive)」に位置づけられている。

[渡邊清高 2020年3月18日]

分類

病理組織学的分類

日本膵臓学会の「膵癌(がん)取扱い規約(第7版)」(2016)による組織型分類では、膵臓がんは上皮性腫瘍と非上皮性腫瘍に分けられ、上皮性腫瘍は外分泌腫瘍(漿液(しょうえき)性腫瘍、粘液性嚢胞腫瘍、膵管内腫瘍、浸潤性膵管癌、腺房細胞腫瘍)、神経内分泌腫瘍、併存腫瘍、分化方向の不明な上皮性腫瘍、分類不能、その他に、非上皮性腫瘍は血管腫、リンパ管腫平滑筋肉腫悪性リンパ腫、傍神経節腫、その他に細分化される。大多数は上皮性腫瘍で、もっとも頻度の高い組織型は浸潤性膵管癌の中の腺癌である。

[渡邊清高 2020年3月18日]

浸潤・転移様式

膵臓は筋層などの周囲の組織と隔てる構造をもたないため、がん細胞が膵臓周囲の消化管(胃、十二指腸、大腸など)や動脈(総肝動脈、腹腔(ふくくう)動脈、上腸間膜動脈)、大静脈、門脈などに浸潤しやすい。神経周囲への浸潤が多いのも特徴の一つである。転移様式にはリンパの流れを介して起こるリンパ行性転移と血液の流れを介して起こる血行性転移があるが、膵臓がんでは血行性の肝転移が多く、腹膜への転移(腹膜播種(はしゅ))やリンパ節転移、骨転移も起こりやすい。肝転移が顕著になると黄疸(おうだん)、腹膜播種によってがん性腹膜炎やがん性腹水が生じる。

[渡邊清高 2020年3月18日]

症状・症候

膵臓がんは初発症状に乏しく、症状が早期発見の手だてになりくにい。日本国内の膵臓がん集計調査では、初発症状のないケースは15.4%にのぼり、腫瘍径2センチメートル以下では18.1%が無症状と報告されている。進行すると腹痛や黄疸、腰背部痛、体重減少、糖尿病の悪化、食欲不振、腹部膨満感、腹水などがみられるようになる。

 膵頭部のがんでは膵尾部や膵体部のがんに比べて症状が現れやすい。膵頭部のがんの初発症状としては腹痛が6割、黄疸が6割、体重減少が5割に、膵体部のがんでは腹痛が9割に認められる。腹痛は、膵臓に近接する胃や十二指腸の周囲や膵臓周囲の神経叢(そう)にがんが浸潤するため、黄疸は、膵臓内を通る胆管にがんが浸潤したり、総胆管や肝内胆管近くのリンパ節への転移によって胆汁の排泄(はいせつ)路が閉塞(へいそく)され、胆汁が排泄されないために生じる(閉塞性黄疸)。閉塞性黄疸に加え感染(急性胆管炎)をきたし、腹痛、発熱がみられることもある。また、糖尿病の悪化を契機に膵臓がんと診断されることもある。

[渡邊清高 2020年3月18日]

検査・診断

原発巣の存在診断

腹痛や黄疸などの初発症状で膵臓がんが疑われた場合、血液検査や腹部超音波(エコー)検査、CT・MRI検査などの画像検査が行われる。血液検査ではCA19-9、SPan-1、DUPAN-2、CEA、CA50などの腫瘍マーカーや、血清アミラーゼ、エラスターゼ1などの血中膵酵素が測定される。腫瘍マーカーのがん検出感度はCA19-9とSPan-1が70~80%、DUPAN-2が50~60%、CEAが30~60%、CA50が60%、血中膵酵素はいずれも20~50%とされている。

 腹部超音波検査は超音波の反射波を画像に描出して膵臓内部を観察する方法である。非侵襲的(痛みや苦痛を伴わない)で、安全かつ簡便な検査であるが、消化管ガスや肥満により描出困難な場合があり、肝胆膵検診での膵臓がん発見率は0.007%と低い。

 血液検査や腹部超音波検査で膵臓がんが疑われた場合、X線を使ったCT検査や磁気を用いたMRI検査で膵臓内部を精査する。病変の大きさや広がり、位置などをとらえることができ、造影剤を用いることでその精度が高まる。多断面を撮影するマルチスライスCT検査では豊富な画像情報が得られ、血行動態の把握も可能である。MRI検査は放射線被曝がなく、膵管・胆嚢・胆管を同時に描出するMRCP(magnetic resonance cholangio-pancreatography)や組織内の水分子の動きである拡散運動を画像化する拡散強調画像(DWI)MRIといった方法も実用化されている。

 その他、必要に応じて超音波内視鏡検査(EUS)や内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)、PET検査などが実施される。また、組織や細胞を採取してがんの有無や性質を確認する病理診断病理検査が行われ、膵臓がんの診断がなされる。

 EUSは超音波装置のついた内視鏡を口から挿入し、胃や十二指腸の中から膵臓などに超音波を当てる検査である。消化管ガスの影響を受けず、体外からの超音波検査に比べて膵臓内部をより詳細に観察できる。EUSによる観察を行いながら、腫瘍に細い針を刺して細胞を採取するEUSガイド下穿刺(せんし)吸引細胞診(EUS-FNA)が行われることもある。

 ERCPは内視鏡を口から挿入し、先端を十二指腸に留置したあと、膵管と胆管出口(十二指腸乳頭部)に造影剤を注入して膵管と胆管をX線撮影する検査である。同時に、胆管炎を合併している場合には胆汁を排出させたり、胆道感染に対して抗菌薬による治療が行われる。がん細胞の有無を調べるために胆管や膵管内の細胞や組織の採取が行われることもある。

 PET検査は放射性フッ素を付加したブドウ糖液を注射し、細胞への取り込み分布を撮影することで全身のがん細胞を検出する検査である。近年ではPETとCTを一体化させたPET/CT検査が普及し、腫瘍の良性・悪性の鑑別や転移の確認、手術後の再発の有無の評価などに使用されている。

 膵臓がんの確定診断は病理診断・病理検査によって行われる。病理診断・病理検査には「細胞診」と「組織診」があり、EUSなどの際に腫瘤(しゅりゅう)部に針を刺し、細胞や組織を採取する(生検)。EUS-FNA、ERCP下細胞診・組織診、超音波ガイド下細胞診・組織診、CTガイド下細胞診・組織診などがある。画像所見や検査所見で膵臓がんであることが確定的である場合や、場所や手技の面から組織採取がむずかしい場合などでは、組織検査が省略されることもある。

 なお、膵臓がんは2019年(令和1)時点で厚生労働省の指針として定められている市町村のがん検診(対策型検診)の対象にはなっておらず、有効性の証明された検診方法はない。膵嚢胞や糖尿病など、膵臓がんのリスクがあると考えられる場合には、定期的な腹部超音波検査によるフォローアップが行われることがあるが、ガイドラインや指針としての評価は定まっておらず、希望がある場合には、人間ドックなどの任意型検診で検査を受けることになる。

[渡邊清高 2020年3月18日]

病期分類

病期(ステージstage)はがんの進行の程度を示すもので、日本においては「膵癌取扱い規約」(日本膵臓学会)の進行度分類や、国際対がん連合(UICC)のTNM分類に基づいて行われている。いずれも膵臓での局所進展度(腫瘍の大きさや周囲への進展状況)を示すT因子、周辺領域のリンパ節(所属リンパ節)への転移状況を示すN因子、遠隔臓器への転移(遠隔転移)の状況を示すM因子の三つの因子の進展度合いにより分類される。「膵癌取扱い規約」では、病期はステージ0、ⅠA、ⅠB、ⅡA、ⅡB、Ⅲ、Ⅳの7段階に分けられており、ステージ0は非浸潤がん(がん細胞が膵管の上皮内にとどまっている状態)、ステージⅣは遠隔転移がある状態と規定している。最新の「膵癌取扱い規約(第7版)」においては、手術による切除が可能かどうか(治療方針)に重点がおかれた分類となっている。

 病期の評価はCTやMRI、EUS、PETなどの画像診断や手術時の所見、術後の病理診断などに基づいて行われる。

[渡邊清高 2020年3月18日]

治療

治療法の選択

膵臓がんの標準的な治療法は外科療法(手術)、放射線療法、薬物療法(化学療法や分子標的治療)の三つである。がんの進行度や患者の全身状態などに鑑み、これらのうちの一つ、あるいは複数を組み合わせた集学的治療が行われる。腫瘍が膵臓内に限局している場合は手術、腫瘍が腹腔動脈や上腸間膜動脈といった主要血管に及んでいたり、遠隔転移していたりする場合には化学療法や放射線療法が選択される。日本膵臓学会の「膵癌診療ガイドライン(2019年版)」によれば、ステージ0、Ⅰ、Ⅱの切除可能な膵臓がんには手術、ステージⅡの一部およびステージⅢは切除可能境界例または切除不能例として化学療法、あるいは化学療法と放射線療法を併用した化学放射線療法を行うことが推奨されている。切除可能境界例では、これらの治療後に手術が実施されることもある。遠隔転移のあるステージⅣでは化学療法が選択される。

 手術の前後に補助療法として化学療法や放射線治療が実施されることもあり、術前補助療法では切除率の向上による手術後の生命予後の延長、術後補助療法では再発率の低減と生命予後の延長がおもな目的となる。なお、2019年に報告された臨床試験において、切除可能な膵臓がんに対する術前補助療法として、ゲムシタビンとS-1の併用療法が検討されるようになってきている。

[渡邊清高 2020年3月18日]

外科療法(手術)

膵臓がんの根治的治療法が外科療法(手術)である。手術が実施できるかどうかの判断は、「膵癌取扱い規約」に規定された「切除可能性分類」に基づく。CT検査やMRI検査などの所見を総合し、膵局所進展度や遠隔転移の状況などをもとに「切除可能」「切除可能境界(ボーダーライン)」「切除不能(局所進行)/(遠隔転移あり)」に分類し、手術可能性を検討する。遠隔転移がなく、膵臓周囲の主要血管(上腸管膜静脈・動脈、腹腔動脈、門脈、総肝動脈)にも腫瘍が浸潤していない状態が「切除可能」、遠隔転移はないものの、膵臓周囲の主要血管を腫瘍が取り巻いている状態が「切除不能(局所進行)」、遠隔転移があれば「切除不能(遠隔転移あり)」、遠隔転移はなく、膵臓周囲の主要血管を腫瘍が軽度に取り巻いている状態が両者の中間となる「切除可能境界」とされる。ステージⅡまでは「切除可能」か「切除可能境界」、ステージⅢは「切除可能境界」か「切除不能(局所進行)」、ステージⅣは「切除不能(遠隔転移あり)」となる。「切除可能境界」に分類される場合の切除の判断はむずかしく、標準的な手術のみでは組織学的に腫瘍が残存する可能性が高い。こういった場合には、術前あるいは術後補助化学療法を併用した手術が検討される。

 切除可能と判断された場合、がんの部位により、以下のような術式によって手術が行われる。

(1)膵頭十二指腸切除術
腫瘍が膵頭部にある場合に選択される。膵頭部だけでなく、その周囲の十二指腸、空腸の一部、胆嚢、下部胆管、周辺リンパ節も一塊に切除される。腫瘍が胃の近くにあれば胃の一部、血管に及んでいる疑いがあれば血管の一部も切除される。切除後は切り離した膵臓や胆管、消化管を縫い合わせて再建が行われる。胃の切除範囲はかつて3分の2ほどに及んでいたが、最近では臓器温存が優先され、大半を残す亜全胃温存膵頭十二指腸切除術や全胃を残す全胃幽門輪温存膵頭十二指腸切除術が主流となっている。

(2)膵体尾部切除術
腫瘍が膵体部や膵尾部にある場合に選択される。両部位に加えて脾臓も切除される。各膵臓を縫い合わせる再建は行われない。比較的低侵襲(体へのダメージが少ない術式)であるが、腫瘍が腹腔動脈に及んでいれば腹腔動脈合併膵体尾部切除という非常に難易度の高い手術が必要になる。

(3)膵全摘術
腫瘍が膵臓全体に及んでいる場合は、膵臓がすべて摘出されることもある。膵臓周囲の十二指腸、空腸の一部、胆嚢、下部胆管もあわせて切除される。膵臓の機能が失われ、代謝や消化などに大きな影響を及ぼすことになるため、全摘によっても治癒が期待できない場合は原則施行されない。術後はインスリン注射や膵酵素製剤の内服が生涯にわたって必要になる。

(4)バイパス療法
膵頭部には総胆管が通り、十二指腸乳頭が隣接している。膵頭部のがんが進行すると、胆管や十二指腸乳頭部に腫瘍が浸潤して閉塞し、胆汁の流れが阻害されて黄疸が現れたり、食物の通過障害が起きたりする。膵頭十二指腸切除術が予定されていたものの、術中に遠隔転移や主要血管への腫瘍浸潤が確認された場合、膵頭十二指腸切除を回避し、黄疸や十二指腸閉塞を予防するための胆管空腸吻合(ふんごう)バイパス術や胃空腸吻合バイパス術が施行されることがある。

 将来的にがんが進行して胆管や十二指腸が閉塞した際にも、胆汁や食物はバイパスを経由して通過するため、閉塞部位に新たな外科的処置を施す必要がなくなる。

[渡邊清高 2020年3月18日]

放射線療法

(1)外部放射線療法
遠隔転移はないものの、腫瘍が膵臓周囲の主要血管を取り巻いている切除不能の膵臓がんに対して行われる。がんの進行抑制や骨転移による疼痛(とうつう)の緩和などが目的となり、一般的に1日1回、5~6週にわたり高エネルギーのX線を体外から照射する。1回の照射に要する時間は5~10分ほどで、放射線治療時に痛みやかゆみを感じることはない。事前にCT画像を用いた三次元治療計画が立てられ、腫瘍の位置や形を把握することで正確な照射と正常臓器への被曝線量低減が図られる。

 全身状態が良好な場合は、遠隔転移の予防などを目的とした化学放射線療法(化学療法と放射線療法の併用)が治療選択肢の一つとして推奨されている。放射線治療の期間中にゲムシタビンやS-1などの化学療法薬(抗がん剤)が併用される。

 放射線療法の副作用としては、照射部位の皮膚炎、吐き気・嘔吐(おうと)、食欲不振、下痢など、化学療法との併用では白血球や血小板の減少などがある。

(2)術中放射線療法
切除不能の膵臓がんに対し、手術を併用して行われることがある放射線療法である。開腹状態にすることで小腸などの正常臓器が目視できるため、病変部への正確かつ大線量の照射が可能になる。

[渡邊清高 2020年3月18日]

薬物療法

がんは正常細胞と異なり、際限なく増殖し続ける性質がある。化学療法に用いられるのは殺細胞性の抗がん剤で、細胞増殖を制御している遺伝子の複製や転写機構に作用したり、がん細胞の分裂を阻害したりすることで異常な増殖を抑制する。

 膵臓がんにおける化学療法は、切除不能の局所進行膵臓がんや再発例や転移を有する膵臓がんに対して、生存期間や状態悪化までの期間の延長、症状の緩和などを期待して行われる。化学療法単独のほか、放射線療法との併用(化学放射線療法)や外科治療前後の補助療法(術前補助化学療法、術後補助化学療法)としても実施され、それぞれの治療効果を高めている。手術や放射線療法が局所治療であるのに対し、化学療法は身体の広範囲に治療効果が及ぶ全身治療となるので、ステージⅣ(遠隔転移がある)の膵臓がんに対しては化学療法単独による治療が主体となる。

 なお、殺細胞性の抗がん剤は正常細胞にも影響を及ぼすため、使用にあたっては副作用(有害事象)が生じる。毛髪、口腔や消化管などの粘膜、血球をつくる骨髄などの新陳代謝が盛んな臓器はとくに影響を受けやすく、脱毛、口内炎、下痢、白血球(好中球)や血小板の減少などが発生する。全身倦怠(けんたい)感、吐き気、手足のしびれ、筋肉痛、関節痛、皮膚や爪の変化、肝機能異常などがみられることもある。使用される抗がん剤によって出現頻度は異なるが、これらの副作用に対しては、予防や対策を講じながら、治療が円滑に進むよう配慮される。

(1)一次化学療法
最初に実施される化学療法を一次化学療法とよぶ。これが無効であったり、副作用によって治療が継続できなかったりした場合、薬剤を変えた二次化学療法、さらには三次化学療法に移行して治療が続けられる。

 一次化学療法ではFOLFIRINOX(フォルフィリノックス)療法(フルオロウラシル+レボホリナートカルシウム+イリノテカン+オキサリプラチン)、ゲムシタビンとナブパクリタキセル(商品名:アブラキサン)の併用療法、ゲムシタビン単独療法、S-1単独療法、ゲムシタビンとエルロチニブ(商品名:タルセバ)の併用療法が病状や全身状態に応じて選択される。放射線療法と併用した化学放射線療法が実施されることもある。

 なお、エルロチニブは殺細胞性の抗がん剤とは異なる「分子標的治療薬」の一種で、がん細胞の分裂に関わる上皮成長因子受容体(EGFR)の作用を阻害し、がん細胞の増殖を抑制する。

(2)二次化学療法
一次化学療法が無効あるいは副作用によって継続できないなどの場合、全身状態が良好であれば二次化学療法の実施が勧められている。一次化学療法はゲムシタビンを含む治療グループ(ゲムシタビン単独療法、ゲムシタビンとエルロチニブの併用療法、ゲムシタビンとナブパクリタキセルの併用療法)とフッ化ピリミジン系薬剤を含む治療グループ(FOLFIRINOX療法、S-1単独療法)に分けられるが、一般的に二次化学療法では一次化学療法とは異なる治療グループが選択される。一次化学療法で化学放射線療法が行われた場合は化学療法単独となる。

 二次化学療法の段階では、一次化学療法時より全身状態が良好でないケースが多く、実施は慎重に検討される。

(3)術前補助化学療法/術後補助化学療法
切除可能な膵臓がんに対し、術前では切除率の向上、術後では再発率の低下などを目的に補助化学療法が行われる。いずれもゲムシタビン単独療法かS-1単独療法がおもな選択肢となる。また近年では、ゲムシタビンとS-1併用による術前補助化学療法の有効性が国内の臨床試験で証明され、新たな標準治療となる可能性が示されている。

[渡邊清高 2020年3月18日]

経過・予後

全国がんセンター協議会(全がん協)が公表している加盟32施設の院内がん登録から算出された膵臓がんの5年相対生存率は、2008~2010年診断症例でステージⅠが40.1%、ステージⅡが17.2%、ステージⅢが5.8%、ステージⅣが1.5%、全体で9.2%と報告されている。手術患者に限ればステージⅠが46.3%、ステージⅡが22.1%、ステージⅢが14.8%、ステージⅣが7.8%、全体で24.4%と、手術患者の生存率のほうが若干良好であるが、いずれも他の部位のがんに比べるときわめて低い(たとえば、もっとも死亡数の多い「肺がん」の5年相対生存率はステージⅠが82.0%、ステージⅡが50.2%、ステージⅢが21.3%、ステージⅣが4.9%、全体で43.6%、手術患者全体で79.0%となっている)。

 膵臓がんの早期診断はむずかしく、手術が可能な例は一部にとどまる。手術が実施できたとしても完全に切除できる患者は少ないなど難治性のがんであるが、近年の治療薬開発や副作用を軽減する支持医療、手術前後の補助療法の進歩などにより、生存期間の延長や再発の抑制、症状緩和などさまざまな効果が期待できるようになってきている(データ出典:全国がんセンター協議会(全がん協)の生存率協同調査(2019年4月9日更新))。

[渡邊清高 2020年3月18日]

その他

がんに伴う症状や治療による副作用を軽減したり、予防したりするための治療を支持医療という。膵臓がんでは腫瘍による浸潤や胆道周囲のリンパ節転移による閉塞性黄疸、肝転移による黄疸や十二指腸閉塞による食物の通過障害が生じやすく、これらに対して胆道ドレナージやステント療法が行われる。

[渡邊清高 2020年3月18日]

胆道ドレナージ

胆管閉塞によってたまった胆汁を排出(ドレナージ)し、黄疸を軽減するために「胆道ドレナージ」が行われる。胆道とは、胆管と胆嚢(胆汁を貯留・凝縮する袋状の臓器)をあわせた部位をさす。おもに経皮経肝胆道ドレナージと内視鏡的胆道ドレナージが実施されており、閉塞部位や病状、全身の状態により選択される。胆管炎など、胆道系の感染を合併している場合には、抗生物質による感染症に対する治療が併せて行われる。

 経皮経肝胆道ドレナージでは、超音波ガイド下に皮膚から肝臓を経由して胆管に針を進め、そこにチューブを留置して体外に胆汁を排出させる。

 内視鏡的胆道ドレナージでは、内視鏡を胆管出口の十二指腸乳頭部まで挿入し、内視鏡ガイド下にステント(金属やプラスチック製の筒状の医療器具)を胆管内に留置して、胆管から十二指腸への胆汁の流出路を確保する方法(内視鏡的胆道ステント留置術)と、内視鏡ガイド下に胆管にチューブを挿入して、鼻から胆汁を排出する方法(内視鏡的経鼻胆道ドレナージ)がある。

[渡邊清高 2020年3月18日]

ステント療法

切除不能の膵臓がんで黄疸や十二指腸での食物通過障害が生じている場合では、閉塞した胆管や十二指腸に内視鏡を用いてステントを留置し、胆汁や食物の通過を促すステント療法が行われることが多い。

[渡邊清高 2020年3月18日]

『日本膵臓学会膵癌診療ガイドライン改訂委員会編『患者さん・ご家族・一般市民のための膵がん診療ガイドライン2016の解説』(2017・金原出版)』『日本膵臓学会編『膵癌取扱い規約』第7版(2016・金原出版)』『日本膵臓学会膵癌診療ガイドライン改訂委員会編『膵癌診療ガイドライン 2019年版』(2019・金原出版)』『〔WEB〕国立がん研究センターがん情報サービス『一般の方向けサイト(膵臓がん)』』『〔WEB〕国立がん研究センターがん情報サービス『がん登録・統計』』『〔WEB〕全国がんセンター協議会『全がん協生存率調査』』

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四訂版 病院で受ける検査がわかる本 「膵臓がん」の解説

膵臓がん

 すい臓がんは、発生数および死亡数とも増加傾向にあります。発生数の増加は、画像診断の進歩によって発見される確率が上がってきているという側面も示しています。以前から、発見・治療ともに難しいがんの代表といわれてきましたが、早期発見できたものについては長期生存できる症例も増えてきています。

●おもな症状

 無症状のことも少なくありませんが、おもな初発症状としては、腹部や腰背部の疼痛とうつう、食欲不振、体重減少、黄疸などです。これらは他の消化器疾患の一般的症状と同じであるため、鑑別を難しくしています。

①血液検査(膵臓由来の酵素)/腫瘍マーカー

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②腹部超音波

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③CT/MR(MRCP)/PET-CT

  ▼

④逆行性膵(胆)管造影

  ▼

⑤腹部血管造影

診断は難しいが、多くの検査法を組み合わせて工夫

 スクリーニング(ふるい分け)の検査として、まず血液検査で膵臓由来の酵素(アミラーゼリパーゼなど)をチェックします。ただし、病態によっては高値を示さないこともあります。

 腫瘍マーカー(→参照)も各種あって、CEAやCA19-9などを組み合わせることで診断率は向上しています。早期がんでは陽性率は低いのですが、進行がんではCA19-9が60~80%で陽性になります。

 画像診断としては、まず腹部超音波(→参照)を行います。膵臓は体の後方にあるため診断は難しいのですが、解析能力が高まったこともあり、膵臓がんの約半数は腹部超音波で発見されています。

 さらに、腹部CT(→参照)やMR(MRCP→参照)などが試みられます。CTの場合、通常のスライス幅では2㎝以下の病変をみつけることは難しく、胆管や膵管の拡張などの間接的な所見も重要です。そこで、CTの特殊型のヘリカルCTやダイナミックCT、PET-CT(→参照)などの最新技術を併用して、発見率を高める工夫がなされてきています。

 MRはがんの有無だけでなく、その進展の具合や質的な診断に有用です。MR検査では、膵管を特別に処理(抽出)するMRCP検査も行われています。

さらに高度な造影検査も

 以上の検査で膵臓がんが疑われたら、逆行性膵(胆)管造影(→参照)や腹部血管造影(→参照)が行われます。逆行性膵(胆)管造影は小さながんに対しても、他の検査法より高い所見率を示しています。さらに続けて、病変の一部を採取する生検や膵液細胞診を実施できるので、確定診断に重要です。

 また、血管造影では、血管のさまざまな変化(閉塞、屈曲、不整など)を確認でき、手術適応の判断などに有用です。

出典 法研「四訂版 病院で受ける検査がわかる本」四訂版 病院で受ける検査がわかる本について 情報

食の医学館 「膵臓がん」の解説

すいぞうがん【膵臓がん】

《どんな病気か?》


 脂肪の摂取量の増加にともなって、最近少しずつ増加の傾向にあるのが膵臓(すいぞう)がんです。50~70歳代の男性に多くみられ、発見、治療ともむずかしい病気です。
 膵臓は胃の裏側にあり、日々の生活ではなじみの薄い臓器です。また肝臓同様、なんらかの変調が起こっても、自覚症状がでにくいため、早期発見がむずかしいのです。特徴的な症状もなく、みぞおちの不快感や痛み、食欲不振を感じる程度で、黄疸(おうだん)や背中の痛みを訴えて受診したときには手遅れ、ということにもなりかねません。
 原因はまだよくわかっていませんが、大量かつ習慣的な飲酒、喫煙、脂肪のとりすぎ、コーヒーの飲みすぎなどが危険性を高めます。
 また、急に糖尿病が発病したり、腹痛が長期にわたって続く場合などは要注意です。

《関連する食品》


〈うどん、かゆなどで糖質を補給する〉
○栄養成分としての働きから
 正常に膵液を分泌させるためには糖質が欠かせません。うどんやかゆ、イモ類を適度に摂取するようにしましょう。同時にビタミンも必要です。
○注意すべきこと
 膵臓は、脂肪やたんぱく質を分解する膵液を分泌(ぶんぴつ)しています。脂肪やたんぱく質を大量に摂取すると、それだけ多くの膵液が必要となり、膵臓に負担がかかってしまいます。
 脂肪やたんぱく質の大量摂取はひかえるようにしましょう。

出典 小学館食の医学館について 情報

栄養・生化学辞典 「膵臓がん」の解説

膵臓がん

 膵臓のがん.上皮性悪性腫瘍.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

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