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おみ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説


おみ

古代の (かばね) の一つ。孝元天皇以前の皇胤氏族に賜わった姓。 (むらじ) が皇室の伴造的氏族であったのに対して,地名を名とした臣姓の氏族は,古くは天皇氏とともに,大和連合政権を形成していたものと思われる。大和朝廷が成立すると,連姓,臣姓の最有力者がそれぞれ大連大臣となって,政治をとった。臣姓の豪族は,多くの部民田荘 (たどころ) をもっていたが,大化改新後,私有が廃され,中央集権国家の成立とともに部民,田荘を失った彼らは,官人として再編成された。天武朝の八色の姓 (やくさのかばね) の制では,その有力なものは第2位の朝臣を賜わり,ほかの臣は第6位の臣姓にとどまった。

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デジタル大辞泉の解説

おみ【臣】

主君に仕える人。臣下。
姓(かばね)の一。古代、有力な豪族に与えられた、連(むらじ)と並ぶ最も高い家柄。天武天皇八色(やくさ)の姓では第六位。

しん【臣】

[名]君主に仕える人。家来。臣下。「不忠の
[代]一人称の人代名詞。家来が主君に対して自分自身をへりくだっていう語。「一存でいたしました」

しん【臣】[漢字項目]

[音]シン(漢) ジン(呉) [訓]おみ
学習漢字]4年
〈シン〉主君に仕える人。家来。「臣下臣民家臣奸臣(かんしん)君臣功臣重臣人臣忠臣寵臣(ちょうしん)乱臣老臣
〈ジン〉に同じ。「大臣(だいじん)
[名のり]お・おか・おん・きむ・しげ・たか・とみ・み・みつ・みる
[難読]朝臣(あそん)大臣(おとど・かみ)

じん【臣/神】[漢字項目]

〈臣〉⇒しん
〈神〉⇒しん

や‐つ‐こ【臣/奴】

《「家つ子」の意》
[名]
古代の最下級の隷属民。財物として売買・譲渡の対象となり、労働に使役された者。家族を構成することができなかった。奴婢(ぬひ)。
「住吉(すみのえ)の小田を刈らす児―かもなき―あれど妹がみためと私田(わたくしだ)刈る」〈・一二七五〉
家来。臣下。また、従者。しもべ。
「君をば天とす。―らをば地とす」〈推古紀〉
そのものにとらわれて心身の自由を奪われることのたとえ。とりこ。
「ますらをの聡(さと)き心も今はなし恋の―に我(あれ)は死ぬべし」〈・二九〇七〉
人などをののしっていう語。やつ。
「松反(まつがへ)りしひてあれやは三栗の中上り来ぬ麻呂といふ―」〈・一七八三〉
[代]一人称の人代名詞。自分をへりくだっていう語。男女とも用いる。わたくしめ。
「―はこれ国つ神なり」〈神武紀〉

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百科事典マイペディアの解説

臣【おみ】

日本古代の(かばね)の一つ。皇別のうちで孝元以前の諸天皇の子孫と称するもの。大和(やまと)盆地を本拠とする臣姓の豪族は,皇室と比肩する勢力をもった。天武朝の八色(やくさ)の姓で臣姓の有力豪族は朝臣(あそん)を与えられ,臣は第6位の姓となる。
→関連項目大臣

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世界大百科事典 第2版の解説

おみ【臣】

日本古代の(かばね)の一つ。語義に諸説あるが仕える者の意で,古くは称号。埼玉県行田市稲荷山古墳から出土の鉄剣銘にみえる〈乎獲居〉の〈〉が〈臣〉の字ならば,臣の称号の用例は5世紀後半にまでさかのぼれる。姓としての臣は主として孝元天皇以前の皇族の子孫と称する皇別(こうべつ)の氏族に与えられ,蘇我臣のように,有力な豪族は大臣(おおおみ)となって,国政に参与した。684年(天武13)に制定された八色(やくさ)の姓のうちの一つである朝臣(あそん)は,臣姓の有力豪族に与えられ,それ以外の氏族は,臣姓にとどめられ,臣は八色の姓では,第6位となる。

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大辞林 第三版の解説

おみ【臣】

主君に仕える人。臣下。しん。 「もののふの-の壮士おとこは/万葉集 369
かばねの一。上代には皇別と称する諸氏に与えられ名門とされたが、八色やくさの姓の制で有力な者には第二等である朝臣あそんの姓が与えられ、臣自体は第六等の姓とされた。

しん【臣】

( 名 )
主君に仕えている者。家来。臣下。 ↔ 「股肱ここうの-」
( 代 )
一人称。家来が主君に対して自らをへりくだっていう語。 「忝かたじけなく-等が曩祖のうそを思へば/平家 7

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説


おみ

古代の姓(かばね)の一つ。語源については「おおみ(大身)」説や朝鮮語で解釈する説があるが、神霊語、敬称語のミに「大」を意味するオを付した尊称に起源すると考えられる。臣は、孝元(こうげん)天皇以前の古い皇裔(こうえい)氏族に多く与えられたが、その出自は信用できない。臣姓氏族は二百数十を数え、その多くは葛城臣(かつらぎのおみ)、蘇我臣(そがのおみ)、吉備臣(きびのおみ)のように居住地の地名を氏の名に負い、皇室の外戚(がいせき)となって権勢を振るうものもあった。このことは、臣姓氏族が君主的で独立的な性格を有していたことを物語る。有力な臣姓氏族の族長は大臣(おおおみ)に任命され、大和(やまと)朝廷の最高責任者となって天皇を補佐した。八色(やくさ)の姓(かばね)制定(684)に際し、臣姓の有力氏族は第二位の朝臣(あそん)を賜姓され、その後も特権的貴族階級を構成した。[前之園亮一]
『太田亮著『全訂日本上代社会組織の研究』(1955・邦光書房) ▽阿部武彦著『氏姓』(1966・至文堂) ▽溝口睦子著『日本古代氏族系譜の成立』(1982・学習院大学)』

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世界大百科事典内のの言及

【氏姓制度】より


[政治制度としての氏姓制度]
 このような制度は,原始共同体において,氏族や部族が社会の単位となった,いわゆる氏族制度とは異なる。もちろん,氏姓制度の基盤も,血縁集団としての同族にあったが,それが国家の政治制度として編成しなおされ,同族のなかの特定のものが,(おみ),(むらじ),伴造(とものみやつこ),国造(くにのみやつこ),それに百八十部(ももあまりやそのとも)などの地位をあたえられ,それに応ずる氏姓を賜ったところに特色がある。その成立時期は,おそらく5,6世紀をさかのぼらないであろう。…

【伴造】より

… 伴造は狭義には,上位の連のカバネを有するものをのぞいたものを称した。《日本書紀》には,雄略2年以後天武5年までのあいだ,朝廷の有勢者一般を表す慣用句として臣(おみ)・連・伴造・国造(くにのみやつこ)がつかわれる。この場合の伴造は,臣・連(蘇我,巨勢(こせ),大伴,物部などの朝廷有力氏族)をのぞいている。…

【八色の姓】より

…天武の新姓ともいう。《日本書紀》天武13年10月条に〈諸氏の族姓(かばね)を改めて,八色の姓を作りて,天下の万姓を混(まろか)す〉とあり,真人(まひと),朝臣(あそん∥あそみ),宿禰(すくね),忌寸(いみき),道師(みちのし),(おみ),(むらじ),稲置(いなぎ)の8種類があげられている。第1の真人は,主として継体天皇以降の天皇の近親で,従来,公()(きみ)の姓を称していたものに授けられた。…

【賤民】より

… 中国における奴婢(奴隷と同義)の起源ははなはだ古く,甲骨文にもみえているが,その発生の状況を明らかにすることはできない。先秦時代には臣・妾と称せられたが,漢代以後,奴・婢という言葉に置きかえられ,唐代にいたった。原則として,男の奴隷を奴,女の奴隷を婢といった。…

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