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臨時行政改革推進審議会 りんじぎょうせいかいかくすいしんしんぎかい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

臨時行政改革推進審議会
りんじぎょうせいかいかくすいしんしんぎかい

略称は行革審。第2次臨時行政調査会の解散 (1983年3月) 後,行政改革の実行を監視し,具体的な課題を審議,提言する首相の諮問機関として,3次にわたり設置された審議会。 (1) 第1次行革審 第2次臨時行政調査会の解散後,行政改革推進体制整備のため中曽根内閣時代の 1983年7月に発足。会長は土光敏夫。 86年6月,機関委任事務の整理合理化,地方自治法 146条の執務執行命令訴訟制度の簡素化,内閣官房の総合調整機能等について答申して解散。 (2) 第2次行革審 新行革審ともいわれる。中曽根内閣時代の 87年4月に発足。会長は大槻文平。好景気と地価高騰のなか,地価・土地政策に関する答申や,公的規制の緩和に関する答申,国と地方の関係に関する答申などを行なった。 90年4月に出された答申ではさらに世界への貢献や民間活力の活用,効率的な行政運営などが盛込まれた。 (3) 第3次行革審 海部内閣時代の 90年7月に発足。鈴木永二会長のもとに,豊かな暮し部会,世界のなかの日本部会,公正・透明な行政手続部会という3部会が設けられた。 93年 10月に,中央省庁の再編,地方分権推進基本法の制定,行革推進本部の内閣への設置などを盛込んだ最終答申を細川首相に提出した。この答申をもって審議会を通じた行革は幕を閉じた。第3次行革審の成果としては車検の簡素化,パスポートの有効期限延長など,国の免許,規制の緩和や証券取引監視委員会の新設などがあげられる。

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デジタル大辞泉の解説

りんじ‐ぎょうせいかいかくすいしんしんぎかい〔‐ギヤウセイカイカクスイシンシンギクワイ〕【臨時行政改革推進審議会】

第二臨調の答申を受けた政府の行政改革への取り組みを監視する機関として旧総理府に設置された諮問機関。昭和58年(1983)から平成5年(1993)にかけて3次にわたって行われた。行革審。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

臨時行政改革推進審議会
りんじぎょうせいかいかくすいしんしんぎかい

臨時行政調査会(臨調1981~1983年 昭和56~58)の答申についての政府の対応を監視するとともに、具体的推進のための方策を話し合う機関。通称は「行革審」。三次にわたって設置された。7~9人の委員で構成し、任期は3年である。[橋本五郎]

第一次

(1983.7.1~1986.6.27 昭和58~61)土光敏夫(どこうとしお)会長。前半は臨調答申の実現への監視が重点で、1350項目にのぼる臨調答申の進捗(しんちょく)状況を点検、「ほぼ5合目程度」と評価した。1984年12月、地方行財政の膨張の原因になっている国の関与・必置規制の整理合理化を求める地方行革を答申した。1985年7月には、内閣の総合調整機能強化、機関委任事務の整理合理化、金融、運輸、エネルギー、都市計画、医薬品などの分野での民間活力発揮のための規制緩和などを盛り込んだ膨大な答申を行った。「ミスター行革」の異名をもつ土光敏夫が臨調に引き続いて会長を務め、行政改革への国民的なムードもまだ高まりをみせていた時期で、答申はかなり実施に移された。[橋本五郎]

第二次

(1987.4.20~1990.4.19 昭和62~平成2)大槻文平(おおつきぶんぺい)会長。地価高騰が深刻化し、1987年10月に緊急土地答申、翌年6月に土地基本答申と二度にわたって提言、私権制限の検討や国有地の処分などを求めた。1988年12月には、流通、物流、農産物など7分野での規制緩和、検査検定、資格制度の見直しを盛り込んだ「公的規制緩和答申」、1989年12月には、国と地方の機能分担、補助金の整理合理化などを内容とする「国と地方の関係に関する答申」を提出した。経済摩擦の高まりによる内需拡大要請を背景に、最終答申では公共投資拡大を提言するなど、緊縮財政を基調とした臨調路線からの転換がみられた。[橋本五郎]

第三次

(1990.10.31~1993.10.30 平成2~5)鈴木永二会長。国際化時代への対応と国民生活重視の行政改革を二大スローガンに行政の洗い直しを検討した。1992年6月の第三次答申では、再販指定品目(医療品・化粧品)の1998年までの全廃、パスポートの有効期間の5年から10年への延長、車検の大幅簡素化、タクシーの同一地域同一運賃制度の見直しなどの規制緩和、自治体の権限を強化して自立的な町づくりを進める地方分権特例制度(パイロット事業)の実現などを提唱。臨調や第一次行革審で支配的だった「増税なき財政再建」「小さな政府」を目ざしての合理化路線から、「豊かさを実感できる社会」「国際化への対応」のための行政の実現へと、大きくシフトした。
 さらに1993年10月、細川護熙(ほそかわもりひろ)首相に答申した最終答申では、21世紀の行政のあり方として、「官主導から民自律への転換」「地方分権の推進」、中央省庁体制の見直しなどの必要性を強調。具体的には、
(1)今後1年をめどに地方分権大綱を策定、分権推進の基本法制定を目ざす
(2)1994年度をめどに規制緩和に関するアクション・プランを策定する
(3)縦割り行政の弊害是正のため、中央省庁を6省庁に再編することが考えられる
(4)首相を中心とする強力な行革推進本部を設置する
などを提言した。
 しかし、特殊法人の見直しについては「族議員」や官僚の反対で具体案を示せず、省庁再編も具体的な改革案を提言できなかった。その後、1996年(平成8)11月に、首相直属の審議機関として行政改革会議が設置され、1997年12月「1府21省庁を1府12省庁に再編する」などの最終報告が提出された。同月の閣議決定を経て、2001年1月の中央省庁再編へとつながった。[橋本五郎]

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