自己エネルギー(読み)じこえねるぎー

日本大百科全書(ニッポニカ) 「自己エネルギー」の意味・わかりやすい解説

自己エネルギー
じこえねるぎー

場の量子論によれば、一つの素粒子は自分自身や他の素粒子との相互作用によって付加的なエネルギーを生じ、あたかもその素粒子の質量が(相互作用のない場合と比べて)変化したようにみえる。この付加的なエネルギーを自己エネルギーとよぶ。たとえば電子の質量は、電磁場光子)との相互作用で生ずる自己エネルギーによる部分(電磁的質量)とそれ以外の部分(裸の質量)とを加え合わせたものである。しかし、素粒子の質量を測定するときには、自己エネルギーによる部分を他の部分から分離して測定することはできない。しかも自己エネルギーを計算すると無限大となってしまう場合があり、場の量子論の不完全さの一例とみられてきた。

 しかし、朝永(ともなが)振一郎とJ・シュウィンガーの「くりこみ理論」によれば、相互作用の種類によっては、この無限大の量を理論なかから引き去って有限確定の計算結果を求めることが可能な場合がある。電子と電磁場の相互作用、あるいはこれを弱い相互作用を含めて一般化した弱電磁相互作用、量子色力学で記述される強い相互作用など素粒子間の基本的相互作用は「くりこみ可能」な理論である。固体の中の電子は結晶格子との相互作用によってある種の自己エネルギーをもつので、これを元の質量に加えて固体内電子の有効質量という。原子核中の核子についても自由な核子と異なる質量を定義する場合があり、これも核子が原子核内でもつ自己エネルギーの効果である。

[牧 二郎]

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改訂新版 世界大百科事典 「自己エネルギー」の意味・わかりやすい解説

自己エネルギー (じこエネルギー)
self-energy

素粒子の間には力が働き,これによってポテンシャルエネルギーを生ずるが,素粒子が1個だけ存在するときでも,自分自身あるいは周囲の場との相互作用によってエネルギーをもつ。この単独の素粒子が相互作用の結果としてもつエネルギーを自己エネルギーという。質量とエネルギーは同等であるから,自己エネルギーは粒子の質量を変化させることになる。場の理論によれば電子は光子を仮に放出し,直ちにそれを吸収するという過程を繰り返すことにより,また核子はπ中間子を放出,再吸収することにより自己エネルギーをもつ。その大きさを計算すると,粒子が点状であるならば,無限大となってしまう(発散の困難)。発散を避けるための処法として,素粒子に有限の大きさをもたせたり,逆符号の発散を混合するなど多くの試みがなされたが,首尾一貫した方法は存在しない。ただし素粒子の自己エネルギーは測定できる量ではなく,素粒子のもともとの質量と自己エネルギーに相当する質量を加えたものが測定される質量であって,これらの測定可能な量だけを使って書き表し,無限大の自己エネルギーは結果に現れないようにすることはできる(くりこみ理論)。前述のように自己エネルギー自身は測定不可能だが,例えば自由な電子の自己エネルギーと,水素原子内に束縛された電子のそれとの差は観測可能で,このずれはラム・シフトと呼ばれる。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「自己エネルギー」の意味・わかりやすい解説

自己エネルギー
じこエネルギー
self-energy

粒子と粒子自身のつくった場との相互作用の結果生じるエネルギー。古典電磁気学によれば電荷 q で一様に帯電した半径 R の球は 3q2/5R の静電エネルギーをもつ。これは自己エネルギーの一例である。非相対論的な古典論では粒子に有限の広がりをもたせることができるから自己エネルギーは有限で,それを粒子の質量に含ませることが可能である。相対論的場の理論では素粒子は点状粒子として扱われ,自己エネルギーは無限大になる。無限大の自己エネルギーは発散の困難の一例である。

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