自己中心語論争(読み)じこちゅうしんごろんそう(英語表記)egocentric speech controversy

最新 心理学事典 「自己中心語論争」の解説

じこちゅうしんごろんそう
自己中心語論争
egocentric speech controversy

自己中心語private speech,egocentric speech(子どもの思考は,自己中心的なため物事特定の面に集中し,他の面が無視される傾向があるが,それが言語面に現われたもの)の機能をめぐって,スイスのピアジェPiaget,J.とソビエトのビゴツキーVygotsky,L.S.の間で交わされた論争。会話は一種共同の問題解決である。話し手が問題を設定し,聞き手がそれを解いていく。会話に参加する者同士が,共通理解という目標に向かって互いに協力し合う協同の社会的問題解決,交渉negotiationの場でもある。遊ぶ子どもたちを観察すると,身振りや状況に依存しながら互いに協力的・社会的な相互作用を行なっている。しかし,いっしょに遊んでいるように見えても,他人に向けられた発話ではなく,自分自身との会話-独語が観察される。独語の機能をめぐって,ピアジェは幼稚園での自由遊び場面での子どもたちの会話をたんねんに記録し分析した結果,他人とのコミュニケーションを目的とした社会的言語活動social speech(適応的報告,批判命令要求,答えなど)のほかに,伝達を目的にしているのではない非社会的言語活動non-social speech(反復,独語,集団内独語)があることを見いだした。この非社会的言語活動には,この時期の子どもの知性の特徴である自己中心性が反映されているとして,自己中心語と名づけた。このような自己中心語は,就学前期では自発語のうちのかなり多くの割合を占めるが,7~8歳を境に急速に減少していくのである。そこでピアジェは,自己中心語は思考・言語活動が社会化されるにつれてしだいになくなっていく過渡的なものであると考えた。すなわち,個人的言語(自己中心語)が社会化されて,いずれ社会的言語(会話など)へと発展していくと考えたのである。

 しかし,子どもの遊びの場面で自己中心語が増えるのは,難しい問題や何か困難なことに出会った場合,あるいは問題を解決し,行為を計画する場合である。この事実を踏まえてビゴツキーは,ことばはもともと社会的な伝達の手段として獲得されるものであると主張した。ことばは自己中心語の多く見られる5~6歳ころに枝分かれして,一方は伝達の手段として洗練され,他方は思考の手段として個人的な言語活動へと発展し,いずれ内面化されていくものであるととらえた。彼は伝達の手段としての言語を外言external speech,思考の手段としての言語を内言inner speechとよんで区別した。自己中心語は,外言が徐々に内面化される過渡期に現われる不完全な内言であると考えた。すなわち,外言の形は残してはいるが,機能は内言と同じである。やがて内面化が進めば,音声や発語器官の運動を伴わなくなり,頭の中だけでも言語活動が起こるようになると考えたのである。後にピアジェもこのビゴツキーの考え方を受け入れた。

 言語は外界を認識するための手段として発生し,その副産物として伝達の役割をも担うようになったととらえられる。音声言語発生の過程では,言語の認識機能から言語の伝達機能への分化は,ほとんど同時とみなせるほどすみやかに生じるため,それぞれは別々の起源をもつようにみなせる。しかも,これらの機能の相互作用はビゴツキーが考えたよりももっと早くから生じており,活動領域によって言語も認識も相互作用しながら働くのであろう。課題解決など両者の相互作用が不安定になると,頭の中だけでなく独語が発せられる。これが,内面化が不完全な内言なのである。困難に直面すると,内言が外化され,外的に展開された形でことばを解決過程に参与させることによって,難題を解決しようとする。独語の形でシンボル操作が明示され,思考過程が意識化・対象化されるようになるのである。言語と認識の相互作用の内面化が進んだ段階では,認識過程は自己内対話の形で進行するのである。このように考えると,両者の相互作用が生じるかどうかの年齢限界は,活動領域によって異なる可能性がある。
〔内田 伸子〕

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