落書(読み)らくしょ

精選版 日本国語大辞典 「落書」の意味・読み・例文・類語

らく‐しょ【落書】

〘名〙
① 時の権力者に対する批判社会風潮に対する風刺やあざけりの意を含んだ、匿名文書人目に触れやすい場所に落として人に拾わせたり、相手の家の門壁などにはりつけたりしたもの。平安初期からみられる。おとしぶみ。→語誌・「落首(らくしゅ)」の語誌。
※菅家文草(900頃)二・詩情怨「呵我終為実落書、今年人謗非真説
太平記(14C後)一四「是を見て、其事書の奥に、例の落書をぞしたりける。かく計たらさせ給ふ綸言の汗の如くになどなかるらん」
② 平安末期から中世にかけて、社寺集会などで行なわれた無記名の投票。犯罪者を決める場合などに用いられた。
※春日権現験記絵詞(1309)一九「落書一通かたはらにあり。良福寺の政康冠者所持の分なりけり」
[語誌](1)「おとしぶみ」の漢字表記「落書」を音読したものであり、元来は匿名の投書により犯人を告発する文書をいった。平安時代には、政争に伴う便宜的手段としても行なわれ、次第に権力者に対する批判の意図をもって用いられるようになった。著名な例として、南北朝時代の「建武年間記」に見える「二条河原落書」がある。
(2)鎌倉時代初期に始まったとされる「落書起請」(「無名入札」とも)とは、匿名の投書(宣誓書付投票)による犯人確定の制度のことであるが、永享二年(一四三〇)の奥書をもつ「出法師落書」は、犬追物射手に対する批評であり、「落書」の意図が批判・風刺から批評一般へと転化している。

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デジタル大辞泉 「落書」の意味・読み・例文・類語

らく‐しょ【落書】

政治・社会や人物などを批判・風刺した匿名の文書。人目に触れやすい所に落として人に拾わせたり、相手の家の門・塀にりつけたりした。中世から近世にかけて盛行。おとしぶみ。→落首
らくがき」に同じ。

らく‐がき【落書(き)/楽書(き)】

[名](スル)《「らくしょ(落書)」から》書くべきでないところに文字や絵などをいたずら書きすること。また、その書いたもの。「塀に―する」

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「落書」の意味・わかりやすい解説

落書
らくしょ

落書とは署名のないもの、無記名のものの意で、歴史的には以下のように二つの意味をもつ。(1)養老律(ようろうりつ)の編目の一つである「闘訟律(とうしょうりつ)」に「匿名の書を投げて罪人を告発する者は徒(ず)二年」とあるように、落書は本来犯罪人を告発する投書をさすものであった。平安から室町時代にかけての寺社では、犯罪者を決める無記名投票が制度化しており、とくにそのなかで起請(きしょう)の形式をとったものを落書起請といった。(2)時局の風刺や権力者を批判、嘲笑(ちょうしょう)した匿名の文章や詩歌。詩歌形式のものを落首(らくしゅ)という。衆人の注目しやすい場所での貼(は)り紙、捨て文、投書によって、間接的に人々に噂(うわさ)を流布させることをねらったもので、政治の動揺期に数多くみられ、公然と政治を批判することのできない民衆の憤りの発露としてつくられた。落し文ともいう。各時代の世論を反映した作品の大部分は、庶民の反権力志向に基づくものであり、史実を側面からとらえ、その本質に迫るものが多い。先駆的例としては、未来を予言する神の声として流布した古代の童謡(わざうた)が知られている。時勢を風刺した中世落書の白眉(はくび)は「此比(このごろ)都ニハヤル物 夜討(ようち)強盗謀綸旨(にせりんじ)」で始まる「二条河原(がわら)落書」(『建武(けんむ)記』)である。これは、建武の新政に伴う政治の混乱ぶりを百七十余句のなかで巧みに嘲弄(ちょうろう)、批判したもので、南北朝前後の世情を探るうえで貴重な史料とされている。近世に入ると、町人文学の盛行に伴い、落書は、謡曲、物は尽くし、番付型など多様な形態をとるようになり、作品数も激増するが、その内容は卑俗化し、文芸的価値は乏しくなる。

[錦 昭江]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「落書」の意味・わかりやすい解説

落書
らくしょ

時局戯評ともいうべき匿名の文書詩歌,絵画を,門壁に張ったり,道に落したりして流布させたもの。いたずら書き。狂歌形式が多く,落首 (らくしゅ。詩歌形式をいう) ,落し文 (おとしぶみ) ともいう。言論を抑圧された人々が,時の政治社会を批判したり,権力者の言行を風刺したりして,支配階級に対するうっぷんを晴らした。平安時代からみられるが,中世,近世に盛行した。著名なものは,源義朝の梟首 (きょうしゅ) に対する落首「下野はきのかみにこそ成りにけれよしとも見えぬ上げつかさかな」 (『平治物語』) および「此頃都ニハヤル物」に始る建武政権批判の二条河原落書 (『建武年間記』) などである。江戸時代,町人文化隆盛時に特にはやった。寛政の改革のときの「世の中に蚊ほどうるさきものはなし文武というて夜もねむれず」はその一例。

落書
らくがき

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世界大百科事典 第2版 「落書」の意味・わかりやすい解説

らくがき【落書】

門や壁など書くべきでないところにいたずら書きすること。転じて,記述や描写の目的を定めずに遊び心で描く態度をさす。日本では,〈落書〉を〈らくしょ〉と読んだ時代が長く,そもそもは〈落首(らしじゆ)〉に由来することばである。落首は,詩歌の形で時事や人物を諷した章句を門や塀にはったり,道に落として世間の評判をたてようとする行為や作品をいった。平安時代に貴族のあいだで行われ,やがてそれが恋の相手などへの思慕のメッセージをさすものとなったのが〈落し文(おとしぶみ)〉であり,詩歌という形にとらわれず匿名の風刺をさす語となったのが〈落書〉である。

らくしょ【落書】

時の政情や社会風潮の風刺・批判,陰謀の密告,特定の個人に対する嘲弄・攻撃のために作成し,ひそかに,人目につきやすい場所に落としておいたり(落しぶみ),門戸や壁に書きつけたり,紙に書いて掲示したりした匿名(とくめい)の文書。詩歌の形式によるものは,とくに〈落首(らくしゆ)〉といいならわしてきている。また,いわゆる〈いたずらがき〉としての〈らくがき〉(落書,楽書)は,〈らくしょ〉が変化したものであるが,本来のそれとは区別されている。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「落書」の解説

落書
らくしょ

本来は犯人告発のための匿名の投書をさしたが,一般的には社会や権力者などを批判・諷刺した匿名の文章や詩歌をいう。とくに和歌の形式のものを落首(らくしゅ)というが,中世には区別せずすべて落書とよばれたようである。「建武年間記」に載る「二条河原落書」が著名。これは後醍醐天皇と建武新政府を非難した内容で「此比(このごろ)都ニハヤル物,夜討強盗謀綸旨(にせりんじ)」と始まり,七五調の物尽しの形式になっている。

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百科事典マイペディア 「落書」の意味・わかりやすい解説

落書【らくしょ】

匿名(とくめい)で,政治に対する風刺的批判,時の権力者に対する嘲弄(ちょうろう)的警句などを書いた紙を道に落として人に拾わせたり,人目にふれやすい門,壁などにはりつけて流布させたもの。古くからみられ,二条河原落書はよく知られている。落書が詩歌の形をとったものを落首という。

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世界大百科事典内の落書の言及

【風刺画】より

…古代では,正倉院に伝わる写経の片すみに描かれた〈大大論〉と書き入れのある人物のカリカチュアがよく知られている。こうした身近な人物の特徴をとらえた戯画は天平期の落書(らくがき)(文書の余白や紙背,建築の目だたぬ部分に描かれる)に最も多いモティーフであった。法隆寺金堂の天井板や唐招提寺金堂の梵天像台座に隠されていた落書には,人物にまじって性器や性交場面の描写も見られて興味深い。…

【落書】より

…詩歌の形式によるものは,とくに〈落首(らくしゆ)〉といいならわしてきている。また,いわゆる〈いたずらがき〉としての〈らくがき〉(落書,楽書)は,〈らくしょ〉が変化したものであるが,本来のそれとは区別されている。 落書の歴史は平安時代の初頭に貴族階級のあいだで始まり,しばしば政争の具に利用されて,昇任・栄転をめぐる官僚どうしの確執・暗闘にひと役かっていたようであるが,〈世間に多々〉広まった落書として有名なのは,嵯峨天皇の時代(9世紀初め)の〈無悪善〉という落書で,史上に名だかい学者の小野篁(おののたかむら)がこれを〈悪(さが)無くば善(よ)かりなまし〉と解読したという(《江談抄》)。…

【落書】より

…転じて,記述や描写の目的を定めずに遊び心で描く態度をさす。日本では,〈落書〉を〈らくしょ〉と読んだ時代が長く,そもそもは〈落首(らしじゆ)〉に由来することばである。落首は,詩歌の形で時事や人物を諷した章句を門や塀にはったり,道に落として世間の評判をたてようとする行為や作品をいった。…

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