蓮華王院(読み)レンゲオウイン

デジタル大辞泉 「蓮華王院」の意味・読み・例文・類語

れんげおう‐いん〔レンゲワウヰン〕【蓮華王院】

三十三間堂の寺号。

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精選版 日本国語大辞典 「蓮華王院」の意味・読み・例文・類語

れんげおう‐いんレンゲワウヰン【蓮華王院】

  1. 京都市東山区三十三間堂廻り町にある天台宗の寺。長寛二年(一一六四)後白河法皇の勅で平清盛が創建。初め法住寺の一院で、天正一四年(一五八六)方広寺の山内寺院となり、豊臣家滅亡後は妙法院に属する。本堂(国宝)は三十三間堂と呼ばれ、国宝の千手観音坐像(湛慶作)、二十八部衆立像、風神・雷神像がある。

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日本歴史地名大系 「蓮華王院」の解説

蓮華王院
れんげおういん

[現在地名]東山区三十三間堂廻り町

七条通の南、東大路ひがしおおじ通の西に位置する。本堂は内陣の柱間が三三間あるので三十三間堂の名で知られる(南北六〇間・東西八間)。天台宗、近隣の妙法みようほう院が江戸初期より代々管理する。本尊の千手観音(坐像)は洛陽七観音の一。

〈京都・山城寺院神社大事典〉

〔本堂落慶供養〕

長寛二年(一一六四)後白河法皇の勅願により、院御所の法住寺ほうじゆうじ殿(南殿)西側の現在地に建立された。造立は平清盛が私費を投じて行い、その功により清盛は備前守に任じられている(愚管抄)。平氏は歴代にわたり法皇に御堂を寄進してきた。清盛の祖父正盛は白河法皇の白河南しらかわみなみ殿(現京都市左京区)の中に蓮華蔵れんげぞう院を建立して丈六の阿弥陀像九体を安置した。父の忠盛は鳥羽法皇得長寿とくちようじゆ(現同区)を造進、等身聖観音像千体を安置し、その功で内昇殿を許されたことが「平家物語」巻一(殿上闇討)でよく知られる。なおこの堂も母屋三三間の堂で「三十三間堂」とよばれ、しばしば蓮華王院と混同された。清盛の蓮華王院造進もこうした先蹤にならうものである。本堂の落慶供養について「醍醐雑事記」巻九に、

<資料は省略されています>

とあり、この堂が法住寺千体観音堂ともよばれ、供養は三〇〇の僧を率いる奈良興福寺の尋範が導師となった。だが盛大な落慶供養も法皇と確執のあった二条天皇の行幸がなく、「愚管抄」は「長寛二年十二月十七日ニ供養アリケルニ、行幸アラバヤト思召タリケレド、二条院ハ少シモ思召ヨラヌサマニテ有ケルニ、寺ヅカサノ勧賞申サレケルヨモ沙汰モナカリケリ」と、天皇の意に反する造営であったことをにおわせる。そのことを伝えた尋範に対し、法皇は「御目ニ涙ヲヒトハタ(一端)(浮)ケテ、ヤヽ、ナンノニク(憎)サニ(繰返し)トゾ仰ラレテ、(尋)範ガトガ(咎)トマデ思召サレ候」の嘆きようであった。ただし「百錬抄」同日条には「太上皇供養蓮花王院准御斎会有行幸」とあり、天皇の行幸があったとも思われる。創建時の本堂は建長元年(一二四九)焼失、現堂宇は文永三年(一二六六)の再建であるが、規模・様式とも両者に大きな隔りはないと推定されている。なお当時の様相については「法然上人絵伝」がその面影を伝える。

〔堂舎の整備〕

本堂落慶のあとも堂舎の整備が続けられた。本堂南東の五重塔は治承元年(一一七七)一二月一七日に塔供養が修された(玉葉)。不動堂は「吉記」承安四年(一一七四)九月一〇日条や「増鏡」に記事が散見するが詳細は不詳で、「兵範記」仁安二年(一一六七)六月一六日条の「院不動供養事院御所法住寺殿不動堂供養」もこれにあたると推定される。

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百科事典マイペディア 「蓮華王院」の意味・わかりやすい解説

蓮華王院【れんげおういん】

京都市東山区にある,妙法院に属する天台宗山門派の寺院。1164年後白河法皇が建立,1266年再建されたのが現在の堂。三十三間堂として知られる。内陣の柱間が33間あるのでこの名があり,京都における鎌倉時代和様建築の代表的遺構。本尊の千手観音座像は1254年湛慶作で,鎌倉様式の完成を示す傑作。眷属(けんぞく)の二十八部衆,風神雷神像のほか,湛慶の一族や弟子たちの手になる1001体の千手観音立像が安置されている。なお江戸時代にはこの三十三間堂で通し矢が行われ,矢数を争ったことは有名(大矢数)。
→関連項目海東荘金丸荘康円地【び】荘長島荘名田荘沼田荘人吉荘温泉荘

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「蓮華王院」の解説

蓮華王院
れんげおういん

京都市東山区にある天台宗の寺。妙法院所管。後白河法皇が1164年(長寛2)鳥羽上皇の得長寿院にならって法住寺殿内に創建を発願し,平清盛に命じて堂舎,丈六の本尊,等身の千体観音像を造営させた。本堂は三十三間堂の名で知られる。湛慶(たんけい)作の本尊千手観音,二十八部衆,風神・雷神などの国宝と,重文の千体千手観音像を所蔵。本堂の通し矢で知られる。

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デジタル大辞泉プラス 「蓮華王院」の解説

蓮華王院

京都府京都市東山区にある寺院。天台宗。1164年創建。本尊は1001体の千手観音で、中央に置かれた湛慶(たんけい)作の千手観音坐像は国宝に指定。本堂(国宝)は「三十三間堂」の名で知られる。ほかにも風神・雷神像など、多数の文化財を所蔵。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「蓮華王院」の意味・わかりやすい解説

蓮華王院
れんげおういん

三十三間堂

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「蓮華王院」の意味・わかりやすい解説

蓮華王院
れんげおういん

三十三間堂」のページをご覧ください。

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