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蓮華王院 レンゲオウイン

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デジタル大辞泉の解説

れんげおう‐いん〔レンゲワウヰン〕【蓮華王院】

三十三間堂の寺号。

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百科事典マイペディアの解説

蓮華王院【れんげおういん】

京都市東山区にある,妙法院に属する天台宗山門派の寺院。1164年後白河法皇が建立,1266年再建されたのが現在の堂。三十三間堂として知られる。内陣の柱間が33間あるのでこの名があり,京都における鎌倉時代和様建築の代表的遺構。
→関連項目海東荘金丸荘康円地【び】荘長島荘名田荘沼田荘人吉荘温泉荘

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デジタル大辞泉プラスの解説

蓮華王院

京都府京都市東山区にある寺院。創建は1165年。宗派は天台宗、本尊は千手観音。国宝の本堂は「三十三間堂」と呼ばれる

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世界大百科事典 第2版の解説

れんげおういん【蓮華王院】

京都市東山区にある天台宗山門派の寺。本堂内陣の柱間が33間あるので三十三間堂ともいう。当寺は後白河法皇の勅願によって,1164年(長寛2)法皇が住んだ法住寺殿の西側の現在地に創建された。造営費は平清盛が負担し,本堂に観音千体を安置したので,当初は法住寺殿千体観音堂とも呼ばれた。だが,創建の諸堂は1249年(建長1)炎上し,現在の本堂(国宝)は1266年(文永3)の再建。創建以来,多くの荘園を領したが,中世末には寺領収入も減少して寺運も衰え,北隣に豊臣秀吉方広寺大仏を造営したときその支配下に入り,さらに豊臣家滅亡後は妙法院の管理下に移されて,今日に至っている。

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大辞林 第三版の解説

れんげおういん【蓮華王院】

三十三間堂の寺号。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

蓮華王院
れんげおういん

三十三間堂」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

蓮華王院
れんげおういん

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世界大百科事典内の蓮華王院の言及

【長島荘】より

…肥前国杵島郡(現,佐賀県武雄市)に設定されていた京都蓮華王院領の荘園。荘域中央部に郡の惣鎮守武雄神社が鎮座し,この地方の開発も同社によって行われ,951年(天暦5)の武雄社領四至実検状に〈東限 長嶋大路鎮祭隈〉と見える。…

【名田荘】より

…平安末期に盛信入道の所領であった名田郷が前身。1168年(仁安3)相博(交換)により伊予内侍(藤原基房妻)が取得,ほどなく蓮華王院を本家と仰ぎ荘号を名のることとなったらしい。上・下両荘に分かれ,上荘は上村・坂本・中村・下村,下荘は知見・三重・田村の各村から成っていた。…

【平安時代美術】より

…特に勝光明院(1136)は鳳凰堂を模したことで知られる。後白河法皇の造立した法住寺殿は東山七条に所在し,北殿,南殿からなり,1164年(長寛2)に郭内に造営された蓮華王院は千体の観音を安置した三十三間堂(現在の堂は鎌倉時代の再建)と五重塔からなる。 後期の現存遺構には浄瑠璃寺本堂(九体堂。…

【妙法院】より

…9世紀前期,延暦寺西塔の宝幢院検校恵亮(えりよう)を初代とし,天台座主快修のころから妙法院を称したという。快修の甥に当たる天台僧昌雲は,後白河法皇が創立した法住寺御所内の蓮華王院(三十三間堂)鎮守新日吉社の検校となり妙法院と号し,その門弟実全があとをついで天台座主となり,京都綾小路に自坊をかまえ正式に妙法院の号をたてた。ついで後高倉院皇子尊性法親王が天台座主となってここに住し,新日吉社,金剛念仏三昧院以下多数の寺院の検校職を兼ね,天台三門跡の一つとして勢力を振るった。…

【和様建築】より

…奈良では鎌倉時代の興福寺北円堂(1210),同三重塔(12世紀末),法隆寺聖霊院(1284),室町時代の興福寺東金堂,同五重塔などが古代的な和様で,元興寺極楽坊本堂(1244),長弓寺本堂(1279)などは大仏様の細部をとり入れている。京都の蓮華王院本堂(1266),大報恩寺本堂(1227),滋賀県の石山寺多宝塔(1194),西明寺三重塔(鎌倉中期)なども和様の代表作である。折衷様では広島明王院本堂(1321)は禅宗様とその他の大陸の影響があり,和歌山松生院本堂(1295。…

※「蓮華王院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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