湯わかし具の一種。土瓶(どびん),鉄瓶と同じように注口(つぎぐち)と鉉(つる)をもった容器で,特に銅,黄銅,アルマイトなどで作ったものをいい,湯のわきが早いことを特徴とする。〈薬罐〉の文字がはじめて文献に見えるのは1444年(文安1)の《下学集》で,〈やかん〉の語はこの薬罐の字音で,江戸時代には湯罐とも呼ばれていた。薬罐はその名の示すように,もと薬を煎(せん)じる道具であったが,薬を煮るために別な薬鍋(くすりなべ)が用いられるようになって,江戸時代には薬罐はもっぱら湯茶をわかすものとなったといわれている。《成氏年中行事》によると〈薬鑵など参る時は,右の手にてはつるを取り,左の手にては口のもとを取りて,口をば公方様御座ある方へ向け申さずして進上致すべし〉とあって,薬罐の取扱いについても作法が行われたことが知られる。薬罐細工は山城が名高かったが,京,大坂,江戸でも盛んにこれを製造したので,江戸時代後期には広く各地で用いられたようである。《物類称呼》によると,大坂および中国,四国ではこれを〈ちゃびん〉,遠江(とおとうみ)では〈とうびん〉,信濃では〈てどり〉といい,土佐では形が大きくて口の短いものを〈やっくゎん〉,丸くて口の長いものを〈ちゃびん〉といったが,江戸ではいろいろな形のものもすべて〈やくはん〉といったとある。明和・安永(1764-81)のころ,新形の隠元(いんげん)薬罐というのが流行したが,これは銅で口を長く作り出したもので,隠元が日本へ帰化したとき,持って渡ったものにならったといい伝えている。一方,1849年(嘉永2)印行の古風と流行とを対比した番付によると,古風のほうに黄銅で雲竜などの形を打ち出した広島薬罐が掲げられている。また江戸時代に行われたこれら銅・黄銅の薬罐に代わって,現在ではホウロウ引きやアルマイト・銅製の薬罐が行われ,ガス・電熱用のために底の形などにも熱効率を高めるための改良が加えられ,流行,変遷の跡がみられる。
執筆者:宮本 馨太郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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