万里小路(までのこうじ)藤房ともいう。鎌倉末期の公卿(くぎょう)。宣房(のぶふさ)の子。父とともに後醍醐(ごだいご)天皇に近侍し、天皇の討幕計画に参加した。1331年(元弘1)中納言(ちゅうなごん)になり、この年元弘(げんこう)の変が起こると、天皇を奉じて笠置(かさぎ)に逃れたが、北条方に捕らえられ、翌年下総(しもうさ)国(『太平記』では常陸(ひたち)国)に流された。33年後醍醐天皇の建武(けんむ)政権成立により呼び帰され、恩賞方(おんしょうがた)筆頭となり、新政権のために働いたが、翌34年(建武1)行賞の不公平について天皇に諫言(かんげん)したがいれられず、京都北山の岩倉に隠れ、天皇の召にも応じなかった。その後、出家し、行方をくらました。
[飯倉晴武]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
東海沖から九州沖の海底に延びる溝状の地形(トラフ)沿いで、巨大地震発生の可能性が相対的に高まった場合に気象庁が発表する。2019年に運用が始まった。想定震源域でマグニチュード(M)6・8以上の地震が...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新