藪塚本町(読み)やぶづかほんまち

日本歴史地名大系 「藪塚本町」の解説

藪塚本町
やぶづかほんまち

面積:二〇・八七平方キロ

新田郡の中央北寄りに位置し、北は笠懸かさかけ村、東は太田市・桐生市、南は新田町、西は佐波さわあずま村。東部足尾あしお山塊の残丘である八王子はちおうじ丘陵の西麓部にあたるほかは大間々おおまま扇状地の扇央部を占め、標高約七〇―一〇〇メートルの緩傾斜地である。村央を南北に旧銅山あかがね街道が通る。近世初期以前にさかのぼる村は丘陵沿いの藪塚・西野にしののみで、寛文年間(一六六一―七三)岡登おかのぼり用水開削笠懸野開発により、大部分の村が成立銅山街道の経路も西方へ移され、大原おおばら宿が設けられた。しかし岡登用水が渡良瀬川からの取水を止められたため、平地林と畑方のみであった。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「藪塚本町」の意味・わかりやすい解説

藪塚本町
やぶづかほんまち

群馬県南東部、新田郡(にった)にあった旧町名(藪塚本町(まち))。現在は太田市の北部を占める地域。旧藪塚本町は、1889年(明治22)町制施行。2005年(平成17)太田市に合併。大間々(おおまま)扇状地の扇央と東の茶臼(ちゃうす)山丘陵にまたがる畑作農村である。東武鉄道桐生(きりゅう)線が通じ、北東を桐生市に接する。江戸時代初期の岡登(おかのぼり)用水の開設と、銅(あかがね)街道設置に伴う新田集落の地域で、残存していた平地林も第二次世界大戦後開墾された。中心集落は大原(おおはら)。かつては養蚕、現在は小玉スイカや野菜栽培が盛んで、沢庵(たくあん)漬けが特産藪塚温泉があり、丘陵の斜面洞穴を利用してできた「ジャパン・スネークセンター」が知られる。温泉の北方に県立東毛(とうもう)少年自然の家がある。

[村木定雄]

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百科事典マイペディア 「藪塚本町」の意味・わかりやすい解説

藪塚本町[町]【やぶづかほんまち】

群馬県南東部,渡良瀬(わたらせ)川扇状地上の新田郡の旧町。笠懸(かさかけ)野と呼ばれた荒野であったが,1672年代官岡上景能(おかのぼりかげよし)が渡良瀬川の水を引き開拓。農業を主とし,野菜栽培,酪農が盛ん。たくあん漬を特産。東部に東武桐生線が通じる。藪塚温泉,日本蛇族研究所(ジャパン・スネークセンター)がある。2005年3月新田郡尾島町,新田町と太田市へ編入。20.97km2。1万8745人(2003)。

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改訂新版 世界大百科事典 「藪塚本町」の意味・わかりやすい解説

藪塚本町 (やぶづかほんまち)

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