御伽草子。江戸時代に〈御伽文庫〉として刊行された渋川版の一つ。丹波国大江山の鬼神に美しいひとり姫を取られた池田中納言は,悲嘆にくれて内裏へ奏聞。勅命をこうむった頼光は,保昌,綱,公時,貞光,季武とともに八幡,住吉,熊野の神に起請をかけ,山伏にさまを変えて鬼神退治に発つ。山中の柴の庵で三社の神の現じた3人の翁からもてなされ,神便鬼毒(じんべんきどく)酒と星甲(ほしかぶと)とを授けられ,千丈嶽まで道案内される。一行は17~18歳の上﨟(じようろう)がすすぎ物をしているのに出会い,鬼の岩屋を教えられる。〈色薄赤く背高く,髪は禿(かぶろ)におし乱し,昼の間は人なれども,夜にもなれば恐ろしき,その丈一丈あまり〉の鬼となる童子に会った頼光は,役行者(えんのぎようじや)の流れをくむ客僧と名のり,道に迷ったと一夜の宿を乞い,夜もすがら酒盛りとなる。頼光は出された血をさらりと呑み干し,肴には切りたての人間の腕と股(もも)をも料理して食べ,持参の酒を童子に勧める。童子は,越後国から比叡山に移り伝教大師に追われ,この大江山でもえせ者の弘法大師に追われようとしたことを語り,今は大悪人の頼光のみが気がかりだと,頼光をじっと眺め,日本一の強者(つわもの)と見破るが,頼光はさり気なく,雪山での釈迦の故事を引いて童子の心を和ませる。歌い奏でるうちに酒がまわり,鬼どもも死人のごとくに酔い臥(ふ)してしまう。頼光は2丈ばかりの鬼となって臥している酒呑童子に切りかかり,3神も現じて力を貸す。切られた童子の首は天に舞いあがり頼光をねらうが,頼光は星甲に守られる。多くの鬼どもをことごとく平らげた一行は,とらわれた女たちを助け出して都へ帰り,帝から褒美を賜った。
《大江山絵詞》(逸翁美術館蔵,3軸)と比較すると,三社の神の加護,雪山童子の例話,カニバリズムや鬼の岩屋の四方四節の描写,死骨白骨の散らばる庭の情景など,部分的に古風さをとどめていながら,全体としては古怪味はかなり薄れている。《看聞日記紙背物語目録》に〈酒天童子絵〉,《仁和寺絵目録》に〈頼光絵〉,また《時慶卿記》に〈酒天童子ノ双紙〉などと見え,その盛んな享受のすがたもうかがえる。
執筆者:徳江 元正
大江山伝説に登場する鬼神。酒呑は酒天・酒伝・酒顚などとも書く。源頼光と渡辺綱・坂田金時ら四天王が,大江山に住む酒呑童子という鬼を退治する話は,14世紀後半成立の《大江山絵詞》にみえることから,これ以前に原型が成立したと考えられる。その後室町時代の制作にかかる謡曲《大江山》,《酒伝童子絵巻》を経,御伽草子の《酒呑童子》や近世初頭成立の古浄瑠璃《酒天童子》などによって人々になじみ深いものとなった。酒呑童子の名称は,《大江山絵詞》では〈酒を深く愛する者〉ゆえの名となっているが,そのストーリーが中国の白猿伝説の影響を受けているとみて,〈斉天大聖(チイーテイエンダーシヨン)〉の名を借りたのでは,とする説も出されている。大江山は元来は都のあたりにほど近い老ノ坂であったらしいが,《大江山絵詞》では丹波・丹後の千丈ヶ嶽の大江山,《酒伝童子絵巻》では近江伊吹山となっている。大江山に鬼神がこもるとする観念は,老ノ坂が都(山城国)と外界を隔てる境界の性格をもった場所であったこと,疫神の侵入をさえぎり都の安寧と清浄を確保する四境祭の舞台であったこと,多くの盗賊・強盗が出没し,そのすみかとなったこと,などを背景として分析されるべきであろう。
→大枝山関(おおえやまのせき)
執筆者:高橋 昌明
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(小松和彦)
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鬼を装って婦人や財物を奪ったと伝えられる、伝説上の盗賊。丹波(たんば)の大江山(絵巻などは近江(おうみ)の伊吹山)に住み、源頼光(よりみつ)の四天王に退治された。平安末期にこのあたりが山賊の巣窟(そうくつ)になっていたことから生まれた伝説に、頼光(らいこう)四天王の武勇譚(たん)が付会されて、御伽(おとぎ)草子、絵巻、謡曲、古浄瑠璃(こじょうるり)、歌舞伎(かぶき)などの材となった。その内容は、池田中納言(ちゅうなごん)の娘が鬼にさらわれて、悲しみのあまり帝(みかど)に奏聞したところ、頼光に退治を命じたので、彼は渡辺綱(わたなべのつな)、碓井定光(うすいさだみつ)、卜部季武(うらべすえたけ)、坂田公時(きんとき)の四天王と、藤原保昌(やすまさ)らを従えて、山伏姿で大江山に登り、童子を退治して、姫を救ったというもの。大江山盗賊の話は『今昔物語集』巻29にあって、芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)『藪(やぶ)の中』や映画『羅生門(らしょうもん)』の素材となったが、酒呑童子に結び付いて室町期物語として近世初期の渋川版(しぶかわばん)御伽草子23篇(ぺん)に収録されるまでの最古本は、香取(かとり)神社本『大江山絵詞(えことば)』(南北朝期成立か)2巻と考えられている。謡曲『大江山』は作者が世阿弥(ぜあみ)とか宮増(みやます)とあって出典は不明。古浄瑠璃『酒呑童子』は若衆歌舞伎時代に、早くも中村座での杵屋勘五郎(きねやかんごろう)の作曲したものが好評と伝えている。以後、歌舞伎狂言には何度も登場しているし、近松の人形浄瑠璃にも1707年(宝永4)上演の記録がある。
[渡邊昭五]
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室町物語の武家物。作者不詳。南北朝期には成立。「御伽草子」の一編。丹波国大江山に住む酒呑童子により,洛中洛外の美女がつぎつぎと誘拐される。酒呑童子討伐の勅命をうけた源頼光(よりみつ)・(らいこう)は,藤原保昌・渡辺綱(つな)・坂田金時・碓井貞光・卜部季武とともに山伏に変装して大江山へむかう。頼光一行は,八幡・住吉・熊野の神々から授かった毒酒を童子らに飲ませて討ち,美女たちを救出,都へ凱旋する。室町~江戸時代に広く流布した。童子の住みかの差異により,大江山系と伊吹山系の諸本にわかれる。童子の前身を語る「伊吹童子」もある。「日本古典文学大系」「日本古典文学全集」所収。
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…人々にとって恐怖の対象である鬼は,しかし最終的には神仏の力や人間の武勇・知恵のために,慰撫され,退治もしくは追放される運命を担わされていた。早くも《出雲国風土記》に田を耕す農民を食ってしまう目一つの鬼の話が記されており,御伽草子〈酒呑(しゆてん)童子〉の物語は,このような鬼の生態をもっともよく描き出している。鬼のすみかは一般的には,人里離れた山奥や海原遠くにある島などで,そこに鬼ヶ城があるともいう。…
…酒呑は酒天・酒伝・酒顚などとも書く。源頼光と渡辺綱・坂田金時ら四天王が,大江山に住む酒呑童子という鬼を退治する話は,14世紀後半成立の《大江山絵詞》にみえることから,これ以前に原型が成立したと考えられる。その後室町時代の制作にかかる謡曲《大江山》,《酒伝童子絵巻》を経,御伽草子の《酒呑童子》や近世初頭成立の古浄瑠璃《酒天童子》などによって人々になじみ深いものとなった。…
※「酒呑童子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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