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蝦夷管領 エゾカンレイ

5件 の用語解説(蝦夷管領の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

えぞ‐かんれい〔‐クワンレイ〕【蝦夷管領】

鎌倉幕府の職名。奥羽北海道蝦夷を鎮め、辺境を防備するために津軽に置かれた。蝦夷代官

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百科事典マイペディアの解説

蝦夷管領【えぞかんれい】

鎌倉期,蝦夷支配のために置かれた職名。鎌倉期の史料では蝦夷沙汰東夷成敗と表記され,蝦夷管領の名称は室町初期の関東管領奥州管領など,のちの職制名称を反映したものとみられる。
→関連項目安東氏

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世界大百科事典 第2版の解説

えぞかんれい【蝦夷管領】

鎌倉幕府の蝦夷管轄上の職名をいう。江戸期作成の故実書《武家名目抄》以来の通説であるが,現存史料でみると,蝦夷管領の名称は,1356年(正平11∥延文1)作成の《諏訪大明神絵詞》を初見史料とし,関東管領,奥州管領など室町幕府初期の職制名称を反映した呼称であったとみられる。鎌倉期史料では,蝦夷沙汰または東夷成敗と表記。鎌倉末期作成の法律書《沙汰未練書》では,東夷成敗を幕府の重大政務として位置づけている。

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大辞林 第三版の解説

えぞかんれい【蝦夷管領】

鎌倉幕府の職名。北条義時が蝦夷を鎮撫ちんぶさせるため、安東五郎を津軽に派遣したのに始まる。以後、安東氏が世襲。蝦夷代官。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

蝦夷管領
えぞかんれい

鎌倉時代に津軽あるいは北海道の蝦夷(アイヌ)支配のために置かれた職名。鎌倉幕府の三大政務(武家の沙汰(さた))の一つ、東夷(とうい)成敗権を現実に執行するものとして、北条義時(よしとき)のとき「東夷ノ堅(かた)メ」「夷嶋(えぞがしま)ノ押ヘ」に津軽の安藤太(五郎)なる者が北条氏の代官として任じられたのが史料上の初見。津軽地方は鎌倉初期から北条氏の所領で、安東(藤)氏は代々この地方の北条氏所領の地頭代となっていた北条氏被官であったところから、蝦夷管領の正員は北条氏、その代官が安東氏であったとみられる。正中(しょうちゅう)2年(1325)9月11日の安藤宗季(むねすえ)譲状(ゆずりじょう)にみえる「ゑそのさた」(蝦夷の沙汰)というのも、蝦夷管領と同じものであろう。[榎森 進]
『小林清治・大石直正編『中世奥羽の世界』(1978・東京大学出版会)』

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世界大百科事典内の蝦夷管領の言及

【陸奥国】より

…また(3)の場合の両者の権限区分については,(a)葛西は守護,留守は国地頭に相当するという説と,(b)葛西は藤原氏の権限を継承したもので,留守職設置とともに平泉関係のことに権限の限定が行われる,という説がある。幕府設置の職としては,このほかに北辺の津軽に蝦夷管領(えぞかんれい)というものがあった。津軽から北海道に居住する蝦夷(えぞ)(アイヌか)を統轄・支配するもので,津軽に多くの所領をもつ北条氏がその地位にあったが,現地にいる代官は被官の安藤氏(安東氏)であった。…

※「蝦夷管領」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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