日本大百科全書(ニッポニカ) 「衛星気象学」の意味・わかりやすい解説
衛星気象学
えいせいきしょうがく
satellite meteorology
人工衛星が観測したデータから気象要素を抽出し、抽出された気象要素に基づく大気現象の研究などを行う気象学の一分野。この術語が使われ始めたのは、1960年4月1日アメリカの実験用気象衛星タイロス1号の打上げ後で、気象学の一分野として定着したのは、1962年秋学期シカゴ大学大学院でsatellite meteorologyの講義が開始されてからである。
大気中の諸現象の研究や毎日の天気予報に必要な気温、湿度(水蒸気量)、風速、気圧、雲分布、日射量などの観測をする一般気象観測所は、地球上の人間の住める場所にしかなく、その数は十分ではない。上層の風速、気温、湿度などの観測をするラジオゾンデ観測所はさらに少なく一般気象観測所の10分の1ぐらいしかないので、気象研究や天気予報に関係する学者、技術者などは必要な情報不足に悩まされてきた。
気象衛星はこれらの観測網の不備を補うためと従来の気象観測所では不可能であった観測を行う目的で開発された。従来は不可能であった広大な海洋上の台風(ハリケーン)、低気圧、前線などの位置、大きさなどは気象衛星から取得する雲分布画像で簡単にわかるようになり、大気現象の解明や毎日の天気予報などに非常に役だっている。気象衛星でなければ観測できないものは多くあるが、とくに重要なものは地球に入射する太陽放射量と地球から宇宙空間への放射量で、これらの差が地球温暖化の研究にはもっとも重要な要素である。
気象衛星には赤道上空約3万6000キロメートルの高度の静止軌道を飛行している静止気象衛星と高度約800キロメートルの太陽同期極軌道を飛行している衛星との二つのタイプがある。静止気象衛星は、地球に対して静止しているので、衛星から見える広大な地域を頻繁に観測できる利点があるが、高度が高いので小さな現象の観測は困難である。さらに衛星が赤道上空に固定されているために衛星直下点以外はすべて斜めに見るので、地上観測点の空間分解能が場所によって異なること、極地方の観測が不可能などの欠点がある。静止気象衛星に比べてずっと低い高度を約101分の周期で飛行している太陽同期の極軌道気象衛星は、同じ場所を1日に2回観測できる(たとえば10時ころ北東から南西方向に北半球から南半球に向かう軌道上で日本が観測されたとすると、約12時間後の22時ころに南東から北西方向に南半球から北半球に向かう軌道上から観測される)。太陽同期軌道なので、同一の緯度は同一の地方時(地方標準時ではない)に観測できる。高度が低いので、気温や水蒸気などの鉛直分布、地表面温度、植生、雪氷などの観測に適している。
衛星の観測用測器は、電磁波の強さである輝度を観測する放射計で、観測できるものは地球による太陽光(可視・近赤外域)の反射および地球表面、雲、大気などから放射される遠(熱)赤外域およびマイクロ波帯の放射輝度で、観測目的に適した波長帯で観測する。それぞれのセンサーによる観測輝度値からの気象要素の抽出はそれほど簡単ではない。雲分布、雲を媒介とした低気圧、前線、台風などの存在や位置などの抽出は簡単であるが、上・中・下層雲形やそれらの量、雲頂高度、台風の中心気圧や風速などの推定精度は不十分で、これらは衛星気象学における緊急研究課題である。
大気中の気温、湿度(水蒸気量)などの鉛直分布推定のためには、自由大気中の二酸化炭素の混合比がほぼ一定であること、二酸化炭素による遠赤外放射の吸収が二酸化炭素の吸収帯で波長に依存することを利用して、異なる波長帯に感度をもつ分光放射計を利用する。分光放射計はさらに雲の存在を確認するための可視域、地表面温度を観測するための熱赤外域でもっとも吸収の少ない、いわゆる大気の窓領域、オゾン、水蒸気、N2Oなどの吸収帯など合計20個の波長帯に感度をもつ。この分光放射計による観測輝度値、さらに水蒸気や酸素の吸収帯など20個の周波数帯に感度をもつ多周波マイクロ波放射計による観測輝度値などから、放射伝達の方程式を解いて各高度の気温、湿度(水蒸気量)などを求めているが、いまだラジオゾンデによる観測の精度には達していない。これも重要な研究課題である。
地球温暖化にとってもっとも重要な太陽光の地球全体による反射量の観測は衛星でしかできないが、衛星からの観測は一つの場所については非常に狭い視野(静止気象衛星では0.002度、極軌道気象衛星では0.08度)で一方向からしか観測できない。実際にはあらゆる方向に反射されるから、極端に狭い視野での一方向からの観測値から全方向への反射量の推定は非常にむずかしい。地球からの宇宙空間に放射される熱放射についても同様である。この問題の解決には同時に異なる方向から同じ場所を観測できる衛星およびセンサーシステムの開発が必要である。この場合種々の温室効果をもたらす気体の絶対量の情報も必要である。これらの気体の量は大気を構成する窒素や酸素に比べて著しく微量である。これらの量を高い精度で観測できるセンサーや観測データから、それら気体の量を正確に抽出する手法の開発も不可欠である。
最近ではかなり大型の衛星打上げが可能になり、センサー自身からマイクロ波を放射して対象物による反射波を観測する能動型センサーが可能になってきた。これにより海上の降雨強度を観測する降雨レーダー、波浪や海上風観測用の散乱計などを搭載した衛星も運用されている。これらの観測用センサーによる観測輝度値からそれぞれの観測目的の正確な情報を抽出することは非常にむずかしく、これらも衛星気象学における重要な研究テーマである。
衛星気象学では、衛星からの観測データから抽出された気象要素に基づく大気現象の研究のほかに、前記の諸問題に対する解決が緊急研究課題である。このためには気象学の基礎知識に加えて、情報処理、物理数学、観測センサーシステムや衛星システムなどに関する幅の広い知識、技術などの理解が必要である。
[土屋 清]